小翼羽の変位

 素人目にも分かる異常で、「これはなんでしょうか?」と、ちょくちょく尋ねられる翼の変形に、小翼羽の変位があります(図1)。

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(図1.飛翔中のハリスホークの小翼羽。この小さな羽毛は、ある程度トリの意思で動かす事が出来る)
 テキスト上に紹介されているのを目にした事が無いので、海外では気にする人々が居ないのか、本邦の猛禽類の飼育者こそが気にする事のある問題なのか、真偽は不明ですが、ハンドレアードのトリ達(いわゆるインプリント鳥)の流通が増えるにつれて、こうした翼をした猛禽類が当院を訪れる様になった感があります(図2~図4)。

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(図2.ハヤブサ類の小翼羽の位置。左;小翼羽が内方にあるハヤブサ。中央;小翼羽が正常な位置にあるハイブリッドファルコン。右;野生のハヤブサ)

 小翼羽は、小翼節骨(第二指)に付着している羽毛です。この羽毛は、飛翔を重視すると考えられる鳥種、つまり猛禽類ではよく発達しており、他の鳥種に比べると目立ちます。
 この部位は“親指”と勘違いされている事がよくあるのですが、ヒトの手の指の5本に対して(親指から小指に向かって第一指~第五指)、鳥類では相当する指が第二~第四指までの3本しかないので1番初めにあるのは親指(第一指)ではなくて第二指という事になるので、こういう記載になっております。

 この構造を第一指とするのか第二指とするのかについては、長い間混乱(あるいは誤解?)がありました。
 2011年に、発生学的に、これまで第二指~第四指とされていた構造は、実は第一指~第三指であった事が判明したという報告がなされ(1)、“鳥類には親指が無い”という“常識”は書き換わっております。いちおう、現在当方の手持ちのテキストの中では、小翼羽は第二指に付着している事になっているので、その様に記載を行っておりますが(中には、第一指と記載されている文献もある)、そろそろ、小翼羽=小翼節骨=第一指という記載の書物が、世に出る頃なのでしょうか?

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(図3.オオタカの小翼羽の変位。左;小翼羽が内方にある個体。右;別の個体、正常な位置に小翼羽がある)


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(図4.オオタカの小翼羽の変位。左右の小翼羽が両方変位しているのではなく、片側にのみ(右翼)、変位が現れている場合もある)

 (もっともらしい説明を聞いた事は何度かあるのだが)小翼羽の役割について明言している記載を見つけるのは、簡単ではありません。
(小翼羽は)烏のスピードが低下しすぎたり攻撃の角度が20度以上になった時に鳥が上昇するために、翼の表面にスムースな気流を確保する働きを持っている(2)。
小翼羽は、機動性(注;おそらく運動性の間違い)のある飛行には極めて重要な羽である。ノスリ属(帆翔に適したタカ)、ワシ類、殆どのフクロウ類などは、飛行訓練を重ねることで、この小翼羽の位置変化に対応できるようになる。急旋回が必要となるハヤブサ属やハイタカ属では、順応がより困難であり、場合によっては放鳥可能なまでには適応しきれないこともある(3)。

 こうした記載は、進行方向に対して垂直方向に働く力、すなわち揚力(上昇するチカラ)を得るという事に関連した説明になると思うのですが、本稿中で問題にしている程度の小翼羽の変位によって、対象となった猛禽類(ハヤブサ属やハイタカ属のトリ達)の運動性や機動性に瑕疵が生じていたという事実はありません。つまり、禽舎内で放飼するかペットとして飼育される猛禽類や、通常の範囲でフリーフライトないし実猟を行う使役鳥において、こうした変化は事実上何ら問題にならないようです(図5)。

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(図5.図4のオオタカの飛翔の様子。小翼羽の変位による悪影響は、観察されない)

 購入した猛禽類の幼鳥に、こうした小翼羽の変位(小翼節骨の変位)が見つかる理由について、エビデンスに基づいて合理的な説明を行う事は出来ません(小翼羽の変位/小翼節骨の変位といった内容について書かれた文献が見つからない)。ただし、推論を述べる事は可能です。
 類似性のある翼の変化に、“天使の翼(angel wing)”があります。この疾病は、オオタカで報告されており、成長の途上にある若いトリで見つかりました(4)。“天使の翼”のトリは、初列風切り羽根の外旋につながる手根関節およびまたは手根中手骨の外反変形という事が起きているので、初列風切り羽根が左右に開いた、独特の外観を呈します。この疾病は急速に成長する傾向のある比較的大型の猛禽類で見かける事があり、成長中の風切り羽根(血羽)の重量により、手根関節と手根中手骨の筋肉と靱帯に過大な荷重が加わり続ける事によって引き起こされます。つまり、成長の途上にある若いトリの翼の先端が急激に重くなる事によって、同じく伸長の途上にあった手根部の骨が変形してしまうのです。
 こうした骨の“歪みやすさ”は、成長期の雛達の体中の骨について言えるのですが、特定の部位が増体や運動による負荷に“負けて”変形してしまう傾向があります(図6)。ふんだんにカロリーを得られる飼育下のトリの雛達には、野生のトリに比べて初めからその傾向があり(すなわち、その日齢に比べて不必要に急激な増体/アンバランスな骨の成長や体重増加を示す傾向がある)、さらに、ペアレントレアードのトリ達に比べてより興奮する性向に育ちやすいハンドレアードのトリ達には(ヒトの姿に興奮して、頻繁に立ち上がる、あるいは翼で体を起こすなど、不自然で急激な運動を体験する頻度が多いので)、骨格にひずみが現れやすい傾向があります(図7)。
 おそらく、本稿で述べている小翼羽の変位も、ハンドレアードの猛禽類の流通が増えた事によって遭遇頻度が増した、そのトリ達の育成過程の痕跡なのだと考えられます。

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(図6.ハリスホークの両側の脛足根骨に見つかった若木骨折の痕。このトリは外観正常に生活しており、この骨の変化は、育雛期間中にあった骨障害の痕跡であると考えられる)


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(図7.オオタカの採餌の様子。左;激しい興奮によって、小翼羽が内側を向いている。こうした興奮は、通常ハンドレアードのトリ達がその飼育者の近接に際し示す問題行動であり、鷹匠の世界で羽襖と呼ばれる。右;正常な採餌行動)

 経験的に、こうした翼や脚部に現れた雛達の骨格の変形は、テーピングや指による曲げ伸ばしによって、異常の出現から早い時点(数日以内程度)で処置を開始した時に修正されます。残念ながら、ほとんどの猛禽類は、修正可能な時期を過ぎた日齢で販売され、飼い主の手元にやって来るので、治療の対象になる事はありません。
 ただし、幸いなことに、こうした異常は臨床症状を伴う問題にはならないので、トリ達も一見したところ幸福に生活していく事が出来ている様に思われます。また、今回取り上げた当院で小翼羽の変位と呼んでいる外観の違和感は、猛禽類の1年目の羽毛は長く目立ち、トリ達を購入した飼い主の皆様にとっても気になる特徴となる事がある一方で、翌年以降、そのトリの健康状態は正常であるはずなので、自然に起きる換羽によって小翼羽が短くなり、さらに、若いトリ達にありがちな過剰な興奮は調教によって修正されている事も多いので、あまり目立たなくなっている事があります(図8)。

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(図8.図3と同一の個体。換羽と行動の変化によって、翌年以降、小翼羽の変位は目立たなくなった)

特記事項
おそらく、こういうトリ達で、飛翔に違和感を感じる飼育者がいるとしたら、風速8-12メートル程度の中で(当地比)、筋肉量を全く減らしていない正常な小翼羽のトリというのを使役した経験のある方達です。あまり風の吹かない地域での飛翔や、よく体重を下げて(=筋肉量を減らして)トリを飛ばしている場合など、とにかく小翼羽という構造による機能が必要になる使役を行わなかった場合/トリがそうした飛翔スキルを覚えようとしなかった場合、違和感を覚える事は少ないのではないかと考えております。

参考文献
1) Koji Tamura et.al., Embryological Evidence Identifies Wing Digits in Birds as Digits 1, 2, and 3, Vol. 331, Issue 6018, pp. 753-757, Science 11 Feb 2011
2) 家禽解剖カラーアトラス, p15, 学窓社, 1998
3) 猛禽類のリハビリテーション, p30, ラプター・フォレスト, 2001
4) Zsivanovits et.al , Bilateral valgus deformity of the distal wings (angel wing) in a Northern goshawk(Accipiter gentilis)., Journal of Avian Medicine and Surgery,2006
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ま、いいじゃないか(^^;

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