猛禽類のクリプトスポリジウム症について

 ヒトの食中毒の原因となる原虫類に、クリプトスポリジウムがあります。この寄生虫は、(ヒトも含めた)宿主となる動物が排泄したオーシストを含んだ糞便で汚染された水や食物を摂取したり、この寄生虫のオーシストが付着した土、ヒト、物に接触する事によって感染します。この寄⽣⾍のオーシストは、プールや飲み⽔の消毒に使⽤される通常の濃度の塩素では死滅しないので、世界中で水道水を介して(ヒトの)集団感染が発生したという報告があります(1)。
 この寄生虫は動物由来感染症の一つでもあり(5類感染症;国民や医療関係者への情報提供が必要であると考えられている、全数把握対象疾病(2)、私達にとって身近な動物であるウシ、ブタ、イヌ、ネコ、ネズミ、そしてニワトリなどから見つかったクリプトスポリジウム(種/遺伝子型)について、ヒトに感染があったという報告があります(3)。この内、ウシに由来するCryptosporidium parvumは、ヒトのクリプトスポリジウム症の患者からよく見つかる病原体であり、影響の大きなクリプトスポリジウム種であると言えますが、これ以外のクリプトスポリジウムは、“感染する場合がある”という事はあっても、全体の中ではマイノリティに位置します。

 テキスト上、鳥類に影響がある事になっているクリプトスポリジウム種は、C. baileyi C. meleagridisです(4)。これらのクリプトスポリジウムは、本邦のニワトリからもよく見つかってきた種であり、この他にも、ハト目、スズメ目、オウム目など、よくヒトに飼われている事のある鳥種からも見つかっています(5)。これら2種は、“鳥由来のクリプトスポリジウムがヒトに感染したという報告事例は無い”という根拠にもよく用いられてきた2種なのですが、現在では、C. meleagridisのヒトへの感染例が報告される様になったので、“トリは安全”という事は言われなくなりました(6)。
 これら以外にも、鳥類で見つかったクリプトスポリジウムには、C. galli(カナリア、オカメインコ、ヒメコメワリ、ニワトリ;前胃(胃寄生性);臨床症状あり(無気力)(7)C. avium(アオハシインコ(自然感染)、セキセイインコ、ニワトリ(後二者は実験感染);回腸、盲腸(腸管寄生性);目立った臨床症状を顕さず病原性は無い(8)など、いくつかの種があります。クリプトスポリジウムは、その大きさや形状、宿主、寄生部位、あるいは(種や遺伝子型などの)遺伝的な違いなどによって分類が為されているのですが、鳥類のクリプトスポリジウム属の分類は現在も情報の更新が続いており、2015年の時点で27-30種もの評価を行う必要があると考えられている既に報告された種があると言われている状態にあるので(4)、正確に全てを紹介する事は出来ません。

 猛禽類について、臨床症状を呈する病気のトリから見つかったクリプトスポリジウムは、それ程多くはありません。2016年までに報告のあった猛禽類のクリプトスポリジウムは、ほんの2種です。
 ひとつ目のクリプトスポリジウムは、C. baileyiです。この報告は、ヨーロッパで行われました。本邦の猛禽類では、このタイプのクリプトスポリジウム(症)は見つかっていないはずです。本種は、ドイツのブリーダーに由来するシロハヤブサないしシロハヤブサ系のハイブリッド(ジアxセイカー)から見つかりました。感染鳥の詳細には混乱があり、2007年から2008年にかけて行われた報告の内、情報の取得が可能な部分について読むと、文献によっては鳥種が上記の交配によるハイブリッドのみであるという紹介もされており、羽数は2羽とも3羽とも記載されているので、この点についてはやや確度が劣ります(4,9,10)。
 C. baileyiに感染したこれらのハヤブサ達は、呼吸困難の症状を呈し診察をした獣医師の下へと持ち込まれました。1羽のトリは、喉頭喘鳴(正確には、鳥類には哺乳類の様な喉頭は存在しない;喉の辺りでゴロゴロという音がする状態)と口腔内上皮の腫脹が見つかり、残りの2羽は鼻汁とくしゃみを主徴としておりました。診断は鼻腔洗浄液により行われました。この感染は上気道に限定されており、糞便サンプル中からはクリプトスポリジウムを検出する事は出来ませんでした(10)。
 一般に言う“クリプトスポリジウム症”は、水様性の下痢や嘔吐を主徴とする疾病になるのですが(胃腸クリプトスポリジウム)、鳥類には、この報告にある様に上部気道疾患の原因となるクリプトスポリジウムというのもあります(呼吸器クリプトスポリジウム)。こうしたクリプトスポリジウム症は、キジ、アヒル、クジャクの結膜炎や、シチメンチョウの結膜炎および副鼻腔炎として紹介されています(11)。ヒトの感染の場合でも、腸管クリプトスポリジウム症、腸管外クリプトスポリジウム症という言い方がされておりますが、この場合は、免疫不全状態にあるより重篤なケースに胃腸症状以外にも症状が加わる事を“腸管外クリプトスポリジウム症”と呼んでいるので、鳥類の場合とは意味が異なります。
 C. baileyiの感染報告では、3羽のトリ達全てにパロモマイシンが使用され、内2羽にはアジスロマイシンも併用されていた事になっておりますが、臨床症状の改善は見られず、数週間後に全てのトリ達が死亡ないし安楽死されるという結果に終わりました。感染源として、飼料用のハトやウズラが疑われましたが、この報告ではクリプトスポリジウムを見つける事は出来なかったそうです(10)。
 一般に、病理組織検査を行うと、クリプトスポリジウムは、呼吸器、尿路、消化管の上皮細胞の管腔境界、いわゆる luminal borderと呼ばれる部分で増殖しているのが見つかります。このC. baileyi感染の場合は、クリプトスポリジウムの増殖によって気道の粘液線毛運動機能が影響を受け、 鼻炎、結膜炎、気管炎、くしゃみ、呼吸困難を引き起こされたと考えられます(4)。

 もうひとつのクリプトスポリジウムは、本邦で飼育されていたオオフクロウから見つかりました。この報告は2016年に行われたものであり、この時点ではよく分かっていない事柄もあるのですが、分かっている点についてのみ記載します。患者は、ブリーダーから購入した雛鳥であり、嘔吐や下痢を主訴に来院しました。診断は糞便サンプルにより行われ、ショ糖浮遊法によって多数のクリプトスポリジウムのオーシストが多数確認されました。つまり、このクリプトスポリジウム症は、上記にある“胃腸クリプトスポリジウム”であり、猛禽類でこのタイプのクリプトスポリジウムが報告されるのは初めての事です。ただし、(遺伝子解析により新しい種ないし遺伝子型であるという事は分かっているものの)細かな分類上の位置については未定なので、“Cryptosporidium spp.”という記載しかできていません。このクリプトスポリジウム症の患者は、パロモマイシンを使用せず、一般的な対症療法のみを行ったにもかかわらず回復し、糞便中のオーシストも検出されなくなりました(12)。

 クリプトスポリジウムは偏性細胞内寄生体であり、“細胞内寄生性であるが細胞質外寄生をする(4)”と記載される独特の増殖を行うので、ヒトのクリプトスポリジウム症の患者で薬が効きにくい事が言われておりました。そのため、この寄生虫の感染症について調べると、少し前までの記載では“有効な治療薬はまだない”とされていたのですが、現在ではパロモマイシンの使用が推奨される様になりました(本邦では、この薬は2012年から入手可能となりました)
 クリプトスポリジウムは、種々の動物に寄生する一方で、種や遺伝子型、宿主や宿主の年齢、免疫状態などにより臨床症状が異なり、どの様な症例であっても下痢を主体とした症状を呈する寄生虫ではありません。さらに、症状が認められない宿主がかなりあるらしい事が分かっております(3)。その一方で、ヒトの様に、オーシストを摂取すると症状が現れる生き物というのもある訳ですが、全てのケースについてヒトと同様の治療フォーマットを提示する必要は無いと考えられます。また、上記の鳥類の呼吸器クリプトスポリジウム症の様に、パロモマイシンなどの胃腸クリプトスポリジウムに効果がある事になっている治療薬が効かない場合というのもあり得ます。

特記事項
本邦で見つかったクリプトスポリジウムは、オオフクロウの雛に、嘔吐や下痢といった胃腸症状を現しました(12)。
猛禽類、特にフクロウ目のトリ達に嘔吐や下痢を来す感染症は、いくつもあります。
ヒトのクリプトスポリジウム症の治療には、パロモマイシン以外にも、アジスロマイシン、ニタゾキサニドの使用が推奨されておりますが、こうした抗生剤や抗感染症薬は、当院には常備されておりません。上述の理由により、猛禽類のクリプトスポリジウム症はヒトの場合と完全に同じという事はないので、患鳥の容態に応じて使用を検討する事になると思われます。
パロモマイシンは、クリプトスポリジウムの消化管排出(gut shedding)を阻止するものの組織形態(tissue forms)のクリプトスポリジウムを除去しないので、治療後のトリ達を非感染鳥の集団に混ぜる事は出来ません(4)。
クリプトスポリジウムのオーシストは乾燥に弱いと言われているので、飼育場所の床面が清潔である事、湿っていない事、排水がよく出来ている事が推奨されています(4)。
クリプトスポリジウムのオーシストは、通常の飲用水用の塩素濃度では死滅しませんが、さらに濃い濃度の塩素、あるいは熱によって死滅させる事が出来ます。
全体に、クリプトスポリジウム症は宿主の免疫力が損なわれた際に生じるものであって、クリプトスポリジウム自体は日和見的な寄生虫です。特に導入の直後や訓練の初期などの、宿主に当たるトリ達のストレスの回避あるいは最小化に配慮する様に、心がけましょう(4)。
猛禽類に由来するクリプトスポリジウムが、ヒトに感染したという報告はありません。ただし、猛禽類の飼料にウズラやひよこが用いられているケースはよくある事だと思うので、こうした飼料の取り扱い、あるいは猛禽類の飼育スペースの清掃方法や衛生状態の維持には、(実際にそういう患者が現れたという話も聞かないのだが)一考の余地が残ります。

参考文献
1) メルクマニュアル オンライン版, クリプトスポリジウム症,
merckmanuals.jp/home/感染症/.../クリプトスポリジウム症.html
2) 厚生労働省, 感染症法に基づく医師の届出のお願い, クリプトスポリジウム症,
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-04.html
3) 黒木俊郎ら, クリプトスポリジウムの最近の知見, モダンメディア 51巻4号 2005〔話題の感染症〕
4) Raptors, Pigeons and Passerine Birds, p208-p209, BSAVA, 2008
5) Alex Akira Nakamura et.al., Cryptosporidium infections in birds - a review, Braz. J. Vet. Parasitol., Jaboticabal, v. 24, n. 3, p. 253-267, jul.-set. 2015
6) 浅野由紀子ら, 高校の寮生における集団下痢症事例からのクリプトスポリジウム(Cryptsporidium meleagridis)の検出について, 平成18年度愛媛衛環研年報 9(2006)
7) Antunes RG et.al., Natural infection with Cryptosporidium galli in canaries (Serinus canaria), in a cockatiel (Nymphicus hollandicus), and in lesser seed-finches (Oryzoborus angolensis) from Brazil., Avian Dis. 2008 Dec;52(4):702-5.
8) Holubová N et.al., Cryptosporidium avium n. sp. (Apicomplexa: Cryptosporidiidae) in birds., Parasitol Res. 2016 Jun;115(6):2243-51
9) Rodriguez Barbon A and Forbes NA (2007) Use of Paromomycin in the treatment of a Cryptosporidium infection in a gyr falcon (FaIco rusticolus) and a hybrid gyr/saker falcon (FaIco rusticolus x FaIco cherrug). In: Proceedings European Association of Avian Veterinarians Conference, Zurich, pp. 191-197(初出らしいのだけれども、全文を読む事が出来ない文献。引用されているいくつかの他の文献で確認すると、内容に齟齬が現れてしまう)
10) van Zeeland YR et.al., Upper respiratory tract infection caused by Cryptosporidium baileyi in three mixed-bred falcons (Falco rusticolus x Falco cherrug)., Avian Dis. 2008 Jun;52(2):357-63.(おそらく、文献9と同一の症例の報告。内容がかぶっている。ただし、著者を確認すると、全く別のグループの所であった別の症例であったかの様にも読める)
11) 鳥類の内科学と外科学, NEW LLL PUBLISHER, 2008
12) 牧野幾子ら, クリブトスボリジウム症が疑われたオオフクロウ(Strix leptogrammica)の一例, Proceedings of 20th annual Conference Japanese Association for Crinical Avian Medicine, October 2016
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ま、いいじゃないか(^^;

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