“フクロウの下痢”について

 “猛禽類”とは、鉤(かぎ)状の鋭いクチバシと鉤爪を持ち、小動物や他の鳥類を捕食するトリ達(デジタル大辞泉より)に用いられる集合名であり、この中にはタカ目、ハヤブサ目、フクロウ目という生物学的に異なる3つのグループに属するトリ達が含まれています。
 

 猛禽類の消化管には、それぞれのグループに属するトリ達の食性に適合していると考えられている相違点が存在します。
 ハヤブサ目のトリ達は、他の猛禽類に比べると小腸が短い事が知られています。鳥類は哺乳類の様に長い大腸が目立つという事のない生物なので、小腸とはほぼ腸の全てと解釈してもらって差し支えありません。すなわち、“ハヤブサ目のトリ達の腸は短い(ハヤブサ目のトリ達の腸全体の総重量は軽い)”と解釈した方がより分かり易いかもしれません。この軽量化は、ハヤブサ目のトリ達が獲物(小鳥)を捕獲する際に必要とする、高い機動性や運動性を得る為の適応であると考えられています。さらに、この解剖学的特徴(短い小腸)は、結果としてハヤブサ目のトリ達が低い消化率を示す原因となってしまうので、この鳥種は、この消化管でも十分な栄養を得る事が出来る高品質で高エネルギーな栄養価を示す獲物(小鳥)を、他の猛禽類に比べてより高頻度に捕獲して食べる鳥種になったのだとも言われます(1)。
 一方で、タカ目やフクロウ目のトリ達は、ハヤブサ目のトリ達よりも長い小腸を持っている事が知られております。つまり、ハヤブサ目のトリ達に獲物の捕殺能で劣る他の猛禽類は、小鳥に比べて捕まえやすいと考えられる広範囲な獲物(鳥類のみならず哺乳類、爬虫類、両生類などを含む)を捕食し栄養源とする為に、消化率の高い長い小腸を得る方向に適応するという生存戦略を採用した鳥種なのです(1)。

ハヤブサノスリ
(図1.specialist speciesとgeneralist species。“スペシャリスト種(specialist species)”は、“スペシャリスト”とも記載され、“狭い範囲の餌しか食べない生物”という意味で用いられる。“ジェネラリスト種(generalist species)”は“ジェネラリスト”とも記載され、“広い範囲の色々な餌を食べる生物”という意味で用いられる。猛禽類の場合、前者にはハヤブサ、後者にノスリが該当するとされている。一般に、フクロウ目のトリ達の多くも“ジェネラリスト”である。ハヤブサ(スペシャリスト)とノスリ(ジェネラリスト)にハトとウサギを食餌として与えると、ノスリはどちらの食餌でも体重が増えたのに対して、ハヤブサはハトを与えていると体重が増える一方で、ウサギを与えていると体重が減少した。この実験結果は、スペシャリストであるハヤブサは、自然界で利用出来る獲物の範囲が狭いという事を表している(1))


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(図2.ベンガルワシミミズクの雛の剖検像。一見したところ目に付く消化管は、筋胃、小腸、盲腸である)


 フクロウ目のトリ達の消化管には、よく目立つ盲腸が発達しています。残念ながら、フクロウ目の盲腸の役割に関する研究や考察は限られており、例えば、事実上全く同じ内容の食餌を摂っているはずのアカオノスリとアメリカワシミミズクが、なぜ異なる形態の盲腸をしているのか(アカオノスリでは、ほとんど観察出来ないほど未発達)について、その理由を説明する事は出来ません。
 鳥類の盲腸は、通常、草食性の烏類でのみ目立つ構造であり、その様なトリ達では盲腸は他の方法では消化出来ない植物の細胞壁(セルロース)を微生物が分解する為の場所となっています。フクロウ目のトリ達は一般に獲物を丸飲みする鳥種なので、盲腸は獲物の消化管内に存在する植物成分を分解する為に使用されているのではないかと考えられています。ただし、アメリカワシミミズクを用いた実験により、ⅰ)盲腸を摘出したトリ達が与えられたマウスを代謝する能力に有意差が認められなかった、ⅱ)盲腸摘出により(ニワトリでは水分の摂取量や排泄などの出納状況に変化が現れるが)水分バランスに影響が現れなかった、という結果が示されているので、少なくとも飼育下にあるフクロウ目の成鳥について、この構造は食物の消化や水分バランスの調製において特に重要な役割を担っていないのではないかとも言われています(2)。

盲腸糞
(図3.スピックスコノハズクの排泄した盲腸糞。周辺には乾燥した腸糞が存在している)


 フクロウ目のトリ達は、他の盲腸のあるトリ達(ニワトリ、シチメンチョウ、ライチョウなど)と同様に盲腸糞と腸糞(いわゆる普通の便のこと)という2種類の便を排泄します。盲腸糞は、腸糞と比較すると固まっていない、一見すると下痢便の様に見える、ドロドロとした臭いの強い便ですが、生理的で正常な排泄物です(図3)。盲腸糞の排泄頻度は、1日1匹のマウスを与えたアメリカワシミミズクで3日に1回程度という報告がありますが(2)、この頻度は、鳥種や食餌の摂取頻度や量、食餌の種類、トリの受けているストレスなどによって様々に変化します。

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(図4.激しい嘔吐と下痢を呈して死亡したベンガルワシミミズクの小腸。粘膜面の炎症により、腸管内には白色をした粘液様の偽膜の出現が認められる)


 臨床上、フクロウ目のトリ達とは、ⅰ)嗉嚢(そのう)が無い、ⅱ)猛禽類の中でも体格に対して比較的長い消化管を持っている、ⅲ)盲腸のある鳥種、です。

 フクロウ目のトリ達には嗉嚢(そのう)が無いので、タカ目やハヤブサ目のトリ達でよく見かける酸敗嗉嚢(Sour Crop)は発生しません。この構造は、通常だと、消化に関連する分泌の一切行われない、単純に食物を貯蔵する場所としてのみ紹介されています(2)。しかしながら、この構造は単なる“買い物袋”などではなく、ハヤブサ目やタカ目のトリ達が捕獲した獲物を小さな肉片にして一時的にこの部位に貯めておき、少量ずつを下流の胃に送り出す為の“ボトルネック”の役割を果たすので、食物の消化に際して大量の肉片が胃腸へ流入してしまい消化不良が起きるのを防いでいると考えられます。一方で、嗉嚢(そのう)の無いフクロウ目のトリ達は、殆どの場合、獲物を解体する事なく丸飲みし胃内に納めてしまうので、この鳥種は他の猛禽類に比べて消化し難い状態の食餌を胃腸に紹介してしまう傾向の強い鳥種であると言えます。
 ニワトリの盲腸について調べた研究によると、飼料中に添加された酸化クロムは、食後2-3時間で盲腸から検出される様になり、盲腸以外の消化管内では12時間存在したのに対して、盲腸内からの消失には採食終了後24-48時間もかかる事が分かっています(3)。この様な傾向はフクロウ目のトリ達についても同様であると考えられるので、フクロウ目のトリ達は猛禽類の中でも食べた食餌が体内にとどまっている時間の最も長い鳥種であると言い換える事が出来るはずです。
 以上の考察は、腐敗しやすい肉類を食べる猛禽類の中で、フクロウ目のトリ達に比較的下痢が多く認められる理由の一つとなるはずです。

内臓幼虫移行症
(図5.生前に下痢症状を呈した後に死亡したワシミミズク雛の筋胃筋層に見つかった、種不明の被嚢した寄生虫の虫体。HE染色)


封入体肝炎
(図6.何ら臨床症状を呈する事無く急死した種不明のフクロウ目の雛に見つかった封入体肝炎。HE染色。同時期に、このトリと共通の食餌を与えられていた別種(ベンガルワシミミズクなど)のフクロウ目の雛達には、下痢症と集積性のある死亡が確認されている)

 
特記事項
盲腸糞は下痢便ではありません。
“フクロウの下痢”とは、普通であれば、いわゆる“食べ過ぎ”によって発生する(浸透圧性、分泌性、炎症性などの)各種の下痢に相当します。
これらの下痢は、餌の与え過ぎや餌の腐敗・汚染など、給餌の問題に関連して発生します。
“フクロウの下痢”の発生には、彼らの独特な消化管構造が関わっているかもしれません。
特にインプリント鳥の場合、フクロウが欲しがる餌量よりも実際に与えてよい餌量が少ない事があります。1回に集中した大量の給餌よりも、少量ずつ複数回に渡って給餌を行っている方が、下痢の発生は少なくなります。一度に消化管の処理能力以上の餌を与えてはいけません。
“与えてよい量”とは、フクロウがその筋胃の中で行う機械的消化を正常な範囲で実行可能とする量の事です。機械的消化とは、食後、比較的速く活発な運動が食餌全体を筋胃へ移動させ、食餌をバラバラにし、ふやかした後、消化液とともに徹底的に混ぜるという一連の過程を指します(2)。この過程は、遅くとも食後10時間程度で終了していなければなりません(2)。
消化管内で与えた食餌が腐敗している場合、正しい抗生剤の使用が状況を改善する事があります。
いわゆる“食べ過ぎ”以外の下痢、すなわち、ウイルス、細菌、寄生虫などの感染によって発生する下痢症には、それぞれの病原体に特有な独特の背景が存在します(図5,図6)。
病原体に汚染された飼料の摂取、野鳥との接触、新規導入個体の有無など、病歴の聴取は有力な手がかりを与えてくれます。

参考文献
1) Barton N.W.H. & Houston D.C., (1993.) A comparison of digestive efficiency in birds of prey. Ibis 135: 363-371.
2) 猛禽類学, p273-283, 文永堂出版, 2010
3) 長野ら, ニワトリの盲腸における食糜の移行と滞留について, Bulletin of the Faculty of Agriculture, Kagoshima University, 42: 29-35, 1992
プロフィール

わたらい先生

Author:わたらい先生
ま、いいじゃないか(^^;

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