鳥類におけるボリコナゾールの使用について

 ボリコナゾールは、第2世代のアゾール系抗真菌薬です。この薬は、2002年に米国のFDAで承認され、ヒトの侵襲型アスペルギルス症の治療などに使用される様になりました(本邦での承認は2005年)。2007年に、この薬がハヤブサ類のアスペルギルス症の寛解率を大幅に改善した事が報告されると(1)、この薬剤は鳥類の臨床でもよく使用されるようになり、(特に鳥類のアスペルギルス症の治療において)現在入手可能な海外のテキストの中には、従来使用されていた抗真菌薬が記載されなくなっているものが見つかるほど、主要な位置を占める様になりました。

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(図1.ボリコナゾールの内服薬。非常に高価な薬であったが、現在では後発品が利用可能である)

 
 従来、アスペルギルス症の治療に使用されていた抗真菌薬に、イトラコナゾールがあります。この抗真菌薬は、(ヒトの方ではその様な事は言われていないのですが)猛禽類の場合、投与開始後3-5日間は最小発育阻止濃度(MIC)に到達する事がなく(2)、安定した血漿中濃度になるのには2週間以内という期間が必要でした(3)。この抗真菌薬は、効果が現れるのが遅かった一方で、広い抗真菌スペクトル、高い抗真菌活性、優れた組織移行性という特徴を持ち(4)、他の抗真菌薬に比べて比較的安全な薬剤でもあったので、よくアスペルギルス症の治療に用いられてきました。結果として、現在では本剤に耐性を示すアスペルギルス株が増えてしまっており(MIC≥1μg/ml)、この様な真菌株に感染したハヤブサ類にイトラコナゾールを投薬すると、治療中にさらに耐性が進む事が言われる様になってきております(5)。

 ボリコナゾールは、“スーパー抗真菌薬”と呼ばれる事があるほど、利点の多い抗真菌薬です。ボリコナゾールは、経口投与した後もよく腸管から吸収され、各組織にも移行します。この抗真菌薬は、広い抗真菌スペクトルを有し、現在利用可能な治療薬に抵抗性を示す多くのAspergillus spp.を初めとした数多くの真菌種に対して優れた活性を有しております。ボリコナゾールには、いくつかの毒性がありますが、副作用の大半は他のアゾール系の抗真菌薬と類似しており、 特に生命を脅かすものではないと言われています(1)。

 抗真菌薬によって真菌の増殖を抑制する事の出来る最小濃度を、最小発育阻止濃度(MIC)といいます。この数値が低いほど、その抗真菌薬は標的の真菌株の発育を少量で阻止した事になるので、その抗真菌薬の作用が強い(よく効く)、あるいはその菌株がその抗真菌薬に感受性である(弱い)と解釈します。
 近年の研究から、ハヤブサから分離されたAspergillus spp.のMICは、ヒトの研究で報告されていたものと一致している事が分かっており、分離されたアスペルギルス株の95%(Aspergillus fumigatusA. flavusA. nigerA. terreus)は、MIC ≤ 0.38 μg/ml でも、ボリコナゾールに感受性を示しております(MIC95)。さらに、分離株の全て(100%)の増殖を抑えるのに必要なMIC(MIC100)は、MIC<1μg/mlだったので、ボリコナゾールの動物に対する薬用量を決める時には、投薬後の動物達の血漿中のボリコナゾール濃度がこれらの数値、すなわち0.38 μg/mlか1μg/mlのいずれかを上回る様に設定される様になりました(1)。
 文献にある、“Schmidtらは、12.5mg/kgのボリコナゾールを12時間毎にハヤブサ類に経口投与すると、14 日間、血漿中のボリコナゾール濃度が>0.5μg/mlに保たれる事を報告しました(6)”とは、この様な背景によって整えられた薬用量です。
 参考までに述べておくと、これらのアスペルギルス株は、21%がイトラコナゾールに耐性を示し(MIC≥1μg/ml)、51%がアンホテリシンBにも耐性を示しているので(MIC≥1μg/ml)、いかに従来使用されてきた抗真菌薬へのAspergillus spp.の耐性が進んでおり、いかにボリコナゾールが少量でもよく真菌類の発育を阻害しているのだという事がお分かりいただけるかと存じます。

 この様な薬用量を決定する為には、被検鳥にボリコナゾールを投与し、定時の採血を投薬期間中に何度も行い、どうかすると実験終了時にそのトリ達を測定結果に影響が出ない方法で殺し、体中の臓器(たとえば、気嚢、脳、腎臓、肝臓、肺、小腸など)を摘出して調べるという事をするので、どうしてもその被検鳥は、ⅰ)体格が大きくて何度も採血する事が可能な、ⅱ)被検鳥の購入価格が安価な、ⅲ)ある程度の数が一度に入手可能な、条件を満たした鳥種に限られてしまいます。
 ボリコナゾールを投与し、その後の薬物動態と安全性について調べたという報告があるのは、猛禽類以外では、マガモ(20mg/kg/SID-TID/po(7))、レース鳩(10mg/kg/BID/poあるいは20mg/kg/SID/po(8))、ミミグロボウシインコ(18 mg/kg/TID/po(9))、ヨウム(12-18 mg/kg/BID/po(10))くらいしか見つける事が出来ません。猛禽類についても、その報告は2種のみであり、ハヤブサ類(12.5mg/kg/SID-BID/po(6))とアカオノスリ(10mg/kg/BID-TID/po(11))以外の鳥種について、上述のMIC95=0.38 μg/mlあるいはMIC100=1μg/mlというボリコナゾール血漿中濃度を上回るための薬用量は分かっておりません

 上述の様な、根拠のある数値が提示されていない鳥種には、“外挿”という事が行われます。つまり、“オカメインコの薬用量は不明だけれど、ミミグロボウシインコやヨウムの薬用量は分かっているので、この方法を試してみる”という事です。当然ですが、オカメインコは小さな鳥種なので、投薬後十分なデータが得られるほど同じ個体から採血を繰り返すという事はそもそも不可能です。そのため、この様な方法を採用するしか方法が無いという状況が、小動物臨床の世界ではよくあります。
 ただし、これはあくまで“試してみる”行為なので、実際にそのトリ達の体内でどの程度の血漿中濃度が達成されたのか、投薬回数は合っていたのか、まるで分からないので、治療結果からの推測、いわゆる“経験と勘”、“治った・治らない”、“異常が現れた・現れなかった”のみによって評価を行うという事が行われます。
 こうした評価は、経験の蓄積によって少しずつ修正されていくので、その薬剤が発表されてから時間が経てば立つほど精度を増し、安全な使用方法というのが明らかになっていくのですが、中には、その過程において重大な副作用が見つかる場合があります。ペンギン目のトリ達の例を挙げます。

 ペンギン目のトリ達は、ペンギン類におけるボリコナゾールの薬物動態学的研究が行われてこなかったので、他の鳥類の研究に基づいた経験的な薬用量(上述の猛禽類以外の数値)が用いられていた鳥種でした。その結果、ペンギン類ではボリコナゾール中毒の明らかな事例報告が増加する様になりました。
 ある報告では、24症例のボリコナゾール中毒が疑われたペンギン目のトリ達について紹介されており、これらは、9つの施設で6種のペンギン目のトリ達に見つかりました。その内訳は、ケープペンギン12羽、フンボルトペンギン5羽、マゼランペンギン3羽、ジェンツーペンギン2羽、マカロニペンギン1羽、コウテイペンギン1羽でした。観察された中毒の臨床症状には、食欲不振、無気力、脱力、運動失調、麻痺、視覚障害、てんかん様活動、全般発作などがありました。ボリコナゾール中毒を示唆する臨床症状を呈するペンギン類からサンプル(n=18)を採取し、血漿中のボリコナゾール濃度の測定を行ったところ、その測定値は8.12 - 64.17μg/mlの範囲でした。さらに、中等度から重度の神経症状(運動失調、麻痺、てんかん発作など)を示したペンギン類の血漿中濃度は、30μg/ml以上である事が分かりました。これらの血漿中濃度は、ヒトで中枢神経系に毒性が現れる事が知られている数値を軽く超えていました。このボリコナゾールで治療された一連の症例は、ペンギン類における種特異的なボリコナゾールの薬用量の必要性と、ペンギン類に使用する薬用量を決定する際にはボリコナゾールの血漿中濃度に注意しなければならない事を、強く示唆しています(12)。
 この報告は、鳥類のボリコナゾールの吸収と体内動態には、顕著な副作用が現れる“種差”が存在するらしい事が分かったという、おそらく初めての報告です。ボリコナゾールの血漿中濃度が30μg/ml以上という事は、本来想定されていた、外挿の元となった文献群にある血漿中濃度の7-30倍程度の吸収と分布が行われてしまうという事を意味しています。つまり、ペンギン目のトリ達にマガモやレース鳩と同様の量と回数でボリコナゾールを与えるのは危険であり、特に最も報告の多かったケープペンギンについて、この種に必要な薬用量と安全性に関する試験を行うべきだろうという結論に至ります。

2016-04-18 左、ボリコナゾール経口投与ハリスホークのペリット
(図2.ボリコナゾールの経口投与を開始した後の健康なハリスホークに認められた、ペリットの性状の変化。左;圧縮が不十分で色調の薄い被検鳥のペリット。右;同じ食餌を与えられている、ボリコナゾールを投与されていないハリスホークの正常なペリット。このペリットの変化は、ボリコナゾール投与開始の翌日から認められる様になり、投薬8日目頃から正常に復した)

 ボリコナゾール中毒は、猛禽類でも報告があります。
 2007年の報告では、“合計20羽のハヤブサ類(シロハヤブサ6 羽、ジア系ハイブリッド 10 羽、ラナーハヤブサ1 羽、セイカーハヤブサ1 羽、ハヤブサ2 羽)が、アスペルギルス症の治療の為にボリコナゾールの投与を受けた。この治療は、良好な臨床反応と、良好な生存率をもたらし、完全な臨床的寛解が 70%の症例で得られ(14/20)、部分寛解は 25%(5/20)であった。治療が無効だった症例は、ほんの 1 羽だけ(5%)であった”と述べられております(1)。
 この唯一治療に失敗した1羽というのが、ペンギン目のトリ達で報告されたのとよく似た症状を呈するボリコナゾール中毒の症例でした。
 “ボリコナゾールによる治療を開始した1週間後に、1羽のジアxラナー ファルコンが肝腫大と高い肝酵素値、胆汁酸値を示し、肝不全に陥ったと考えられた。このトリは、この他にも、食欲不振、嘴でくわえた食餌をはね飛ばす動作(flicking meat)、神経症状などの中毒症状が認められたので、投薬を一時中断し支持療法(強制給餌と補液)を開始しなければならなかった。副作用によって抗真菌薬による治療が停止した結果、このトリからはin vivoにおけるボリコナゾール治療に耐性を示すAspergillus spp.(A. fumigatusA. nigerの混合感染)が見つかった(1)”。
 つまり、このハイブリッドファルコンは、投薬開始後1週間で肝機能異常あるいは肝障害の徴候が明らかになり、おそらくその様な状態では血漿中のボリコナゾール濃度も高値であったと考えられるのですが(ブイフェンド添付文書より)、食欲不振や神経症状などの他のボリコナゾール中毒の症状も認められたので、ボリコナゾールの使用を一時中止したところ、ボリコナゾールに耐性を示すアスペルギルス株を出現させてしまい、治療が失敗に終わってしまったという転帰を辿っています。

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(図3.ボリコナゾール経口投与期間中の健康なハリスホークの換羽の様子。ボリコナゾールの投与開始後4日目より、一時的な換羽の低調あるいは休止が認められたが、この異常は投薬開始後9日目頃より、正常に復した)

 当院においても、オオタカでボリコナゾール中毒を疑う症例に遭遇しておりますが、オオタカはボリコナゾール投与後の体内動態が不明な鳥種であり、この時の患者には、ボリコナゾール投与前や投与後の血液生化学検査、あるいは血漿ボリコナゾール濃度の計測等が行われていないので、ある程度の蓋然性は認められるものの、決定的な証拠に欠ける、いわゆる“逸話的な報告(anecdotal report)”にとどまっております。

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(図4.ボリコナゾール経口投与機関長の被検鳥の外観。このトリの元気食欲には異常は認められなかった)

特記事項
ボリコナゾールの正確な薬用量や、安全性に関する報告があるのは、マガモ(7)、レース鳩(8)、ミミグロボウシインコ(9)、ヨウム(10)、ハヤブサ類(6)、アカオノスリ(11)のみです。
ボリコナゾールの経口投与のみ、つまり薬を飲むだけでアスペルギルス症が寛解した症例は全体の30%程度です(1)。他の治療との併用(噴霧療法、外科手術)がなければ、ボリコナゾールは、それ程大勢のトリ達を助ける薬とは呼べなくなります。
ほとんどの報告は、ボリコナゾールを内服させた場合についてしか調べられておらず、注射薬の使用(7,8)や噴霧療法(1,8)に関する記載があるのは、ごくわずかです。文献の中では、投薬経路の違いに関連して問題が発生したという報告はありませんが、当院であったボリコナゾールの中毒症例は、注射薬の使用時に発生しました(わたらい私信)。
鳥類で、健康なトリにボリコナゾールを使用した際に認められた副作用は、多尿のみです(ミミグロボウシインコ(9)、ヨウム(10))。
種差を無視した過量投与を行った場合や、特に肝疾患や腎疾患の存在する可能性のある患者に対してボリコナゾールを使用した場合、より明確な、神経症状等の認められる中毒症状に遭遇する場合があります(ペンギン目(12)、ハヤブサ目(1)、オオタカ(わたらい私信))。
ボリコナゾールは高い安全性のうたわれている抗真菌薬ですが、中毒症状の現れた患者に何ら支持療法を行わずに放置した場合、死亡する事があります(わたらい私信)。
ボリコナゾールを使用する患者には、使用前の血液検査の実施が望ましいと考えられます。
当院では、ボリコナゾールの正確な投薬量の不明な鳥種、あるいはボリコナゾールの投薬前の検査が実施出来なかった患者には、(実績があり安全な)イトラコナゾールの使用を勧めるか、初めは報告にある(ボリコナゾールの)投薬量の1/2以下を使用し、1週間程度の間に様子を観ながら徐々に増量していくという投薬法を行う様にしています。
当院の猛禽類でのボリコナゾール使用実績は、14羽8種です(ハヤブサ1羽、チョウゲンボウ1羽、オオタカ2羽、オオタカ系ハイブリッド1羽、ノスリ1羽、セアカノスリ2羽、ハリスホーク4羽、メンフクロウ2羽)
この薬は非常に高価な薬でしたが、現在では後発品(ジェネリック医薬品)が利用可能になり、治療費が軽減出来る様になりました

参考文献
1) Antonio Di Somma et.al., The Use of Voriconazole for the Treatment of Aspergillosis in Falcons (Falco Species), Journal of Avian Medicine and Surgery, Vol. 21, No. 4 (Dec., 2007), pp. 307-316
2) 猛禽類,ハト,水鳥マニュアル,学窓社, 2003
3) Michael P. Jones et.al., Pharmacokinetic Disposition of Itraconazole in Red-Tailed Hawks (Buteo jamaicensis), Journal of Avian Medicine and Surgery, 14(1):15-22. 2000
4) 丁宗鉄ら, Itraconazole内用液の単回および反復投与における薬物動態, 日本化学療法学会雑誌VOL.54 S―1, OCT 2006
5) Silvanose CD et.al., Susceptibility of fungi isolated from the respiratory tract of falcons to amphotericin B, itraconazole and voriconazole., Vet Rec. 2006 Aug 26;159(9):282-4.
6) Schmidt V, Demiraj F, Di Somma A, Bailey T, Ungemach FR, Krautwald-Junghanns ME. Plasma concentrations of voriconazole in falcons. Vet Rec. 2007;161:265–268.
7) Yvonne Kline et.al., Pharmacokinetics of voriconazole in adult mallard ducks(Anas platyrhynchos), Medical Mycology July 2011, 49, 500–512
8) L. A. Beernaert et.al., Designing voriconazole treatment for racing pigeons: balancing between hepatic enzyme auto induction and toxicity, Medical Mycology May 2009, 47, 276-285
9) Sanchez-Migallon Guzman D et.al., Pharmacokinetics of voriconazole after oral administration of single and multiple doses in Hispaniolan Amazon parrots (Amazona ventralis)., Am J Vet Res. 2010 Apr;71(4):460-7.
10) Flammer K et.al., Pharmacokinetics of voriconazole after oral administration of single and multiple doses in African grey parrots (Psittacus erithacus timneh)., Am J Vet Res. 2008 Jan;69(1):114-21.
11) Jordan Gentry et.al., Voriconazole Disposition After Single and Multiple, Oral Doses in Healthy, Adult Red-tailed Hawks (Buteo jamaicensis), Journal of Avian Medicine and Surgery 28(3):201-208. 2014
12) Michael W. Hyatt et. al., Voriconazole toxicity in multiple penguin species, Journal of Zoo and Wildlife Medicine 46(4):880-888. 2015
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ま、いいじゃないか(^^;

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