前胃拡張症(PDD)

 前胃拡張症(Proventricular Dilatation Disease (PDD))は、1977年に初めて診断された、非常に複雑な疾病です。本症は、コンゴウインコ類の消耗性症候群(macaw wasting syndrome)、インコ・オウム類の消耗性症候群(psittacine wasting syndrome)、インコ・オウム類の前胃拡張症(psittacine proventricular dilatation disease(PPDD))、腸管筋神経節神経炎(myenteric ganglioneuritis)、前胃肥大(proventricular hypertrophy)、浸潤性内臓神経障害(infiltrative splanchnic neuropathy)、リンパ形質細胞性脳脊髄炎(lymphoplasmacytic and encephalomyelitis)としても知られていました(1)。
 英語の“Proventricular(胃の前部)”は、本邦では前胃とも腺胃とも訳されます。その為、本症は腺胃拡張症と記載されている事もあります。この解剖学上の呼称は統一されていないので、どちらを使用しても誤りではありません。

 この疾病が感染性の病原体によって発生しているのではないかという事は以前から言われておりましたが、その病原体が特定されたのは2008年の事です(2)。この病原体は、鳥ボルナウイルス(Avian Bornavirus (ABV))と命名されました。ボルナウイルスは、神経組織に好んで感染する、感染動物に様々な神経症状を発生させる事で知られるウイルス群です。
 この発見にともない、以前は“前胃拡張症候群(Proventricular Dilatation Syndrome (PDS))”と呼ばれていた本症は、前胃拡張症(PDD)と呼ばれる様になりました。“Syndrome”は、原因不明の疾患に用いられる呼称だったからです。

 ABVには9つの遺伝子型が存在し、その内の7つはインコ・オウム類から見つかっています。これ以外に、カナリアとカナダガンから見つかった遺伝子型を加えると合計が9つになります(3)。
 原因ウイルスが分かった事を理由に、PDDを“鳥ボルナウイルス感染症”と言い換えるのは、まだ早計に思います。ABVには、PDDを発症しない遺伝子型(ABV5)(3)がある事や、毛引き症の原因となる遺伝子型(ABV4、ABV5)(2,3)、レゼルボアと考えられる野鳥から見つかった遺伝子型(ABV CG)が本来の宿主にもオウム目のトリ達にも病原性を発揮しないなど(5,6)、PDDの発症の証明に用いられた遺伝子型(ABV4)(2)以外のABVが、宿主にどの様に影響しているのか、情報がまだ整理され切っていないからです(4)。

 PDDは、バタンインコ類(cockatoo)、ヨウム、コンゴウインコ類(macaw)でよく見つかると言われますが、本症は50 種以上のインコ・オウム類で報告があり、しかも、あらゆる年齢層のトリ達が感染因子に対して感受性であると言われています(1,7)。本邦でPDDに遭遇するとしたら、オカメインコやボウシインコ類のいずれかの種の名前が挙がるもしれません。
 インコ・オウム類で見つかるPDDと一致する肉眼的な剖検所見および病理組織学的病変は、オオハシ、ハワイミツスイ類(ハワイ諸島原産の小型から中型のフィンチ類) 、カナリア、ハタオリドリ、ベニヘラサギ、野生のカナダガンなどからも報告されています(1)。

 ABV陽性鳥とPDD発症鳥は、周囲のトリ達に病気を伝染す(うつす)可能性のあるトリ達なので、完全に隔離されているべきです。感染鳥のウイルス血症の持続期間と、感染鳥が他のトリ達に病気を伝染す可能性のある期間は、まだよく分かっていません。
 PDDの潜伏期間は、罹患鳥との接触から11 日から 7 年かそれ以上と、非常に長期に渡ります。接触鳥は、少なくとも 1 年間、経過を観察するべきです。接触鳥がなんら臨床症状を呈さない可能性がありますから、(病気のトリ達と一緒に居たからといって)安楽死するべきではありません。
 本症は、それほど伝染り易いとは考えられてはおらず、病原体は不安定で、宿主の体外で 48~72時間以上生存しません(1,7)。

 典型的なPDDに遭遇するとしたら、その患者には、吐出(食餌を時間が経ってから吐き出す)糞便中に未消化の種子が排出されている進行性の緩徐な体重減少神経症状(視覚消失、けいれん発作、てんかん発作、止まり木から落ちる)などの臨床症状が観察され、造影検査により前胃の拡張像や消化管通過時間の遅延が確認されます。過去にPDDの発症鳥が居たり、現在他にも異常のあるトリが見つかっているという病歴が聴取される場合もあるかもしれません。
 しかし、残念ながら、生前に典型的なPDDの症状を呈する症例に遭遇する事は珍しいので、死後の剖検によって確定診断が為されるまで、“あいまいな症状”に悩まされる場合も少なくありません。
 PDDには、重金属中毒低カルシウム血症前胃やそれより下方での閉塞消化管内寄生虫マクロラブダス症など様々な類症が存在するので、これらを除外する為に、糞便検査、嗉嚢(そのう)検査、レントゲン撮影(造影検査)、血液検査など、たくさんの検査を行う事があります。
 PDDの生前診断は、簡単ではありません。インコ・オウム類における、唯一のPDDの確定診断の方法は、嗉嚢(そのう)生検による病理組織学的診断です。ただし、この検査は確度の高い陽性判定を得る事が出来ますが、検出率は55~76%程度です。この方法には全身麻酔と手術が必要です(1,7)。

 ABVの感染の仕組みは、まだよく分かっておりません。最も有力な感染経路の候補は、糞口感染(あるいは尿酸口感染)ですABVの遺伝子検査(PCR)の提出サンプルには、排泄物を用います。それ以外のサンプルでは、検査結果が偽陰性になる事があります。このウイルスの排出は間欠的なので、一度の検査では偽陰性になる事があります(1,7)。

 ABV の感染とその後にPDDが発症する仕組みには、未解決な問題があります。実際に検査すると、PCR検査によるABV陽性鳥は、PDDに成らない事があります。逆に、PDDを発症している鳥であっても、PCR検査の結果は陰性の事があります。この他にも、PCR検査の結果と患者の臨床症状や抗体価の情報との間には、整合性が取れていないケースが存在するので、現状では、PCR検査による偽陽性鳥や偽陰性鳥と遭遇しても、その意味を正しく飼い主の皆様に伝える事は出来ません。海外では、ABV陽性鳥を早まって安楽死してしまったが、死後剖検を行っても何らPDDの徴候を見つける事が出来なかったというケースが紹介されております。PCR検査は、高率にABVを検出する感度の良い検査ですが、同時にPDDを診断している訳ではありません(1,7)。

特記事項
感染症としての前胃拡張症(PDD)のあらましについては、まだ分かっていない事がたくさんあります。
本邦でも、鳥ボルナウイルス(ABV)の遺伝子検査が行われる様になりました。
“吐くトリ”や“毛引きをするトリ”には、遺伝子検査を勧める事があります。
遺伝子検査の結果は臨床症状との間に整合性がとれない事がありますが、他のトリ達への感染の危険を低減したり、以前に比べるとPDDの診断がし易くなるなどの利点があります。
遺伝子検査のサンプルは、排泄物を用います。
過去に推奨されていた治療には、現在では禁忌あるいは推奨されていないものがあります。
“前胃拡張症(PDD)”が診断されたトリ達は、いったんは回復してもいずれは死亡します
陽性鳥の集団内では、少数の感染個体が絶えず高レベルのウイルス排出を行っている事が報告されております。この様な状況では、そのトリ達は優先的に選抜淘汰するべきです。

参考文献
1) Neil A. Forbes, Proventricular Dilatation – identification and prevention, Veterinary Times, Vol. 43;No.41, p.38, October 14, 2013
2) Honkavuori KS, Shivaprasad HL, Williams BL, Quan PL, Hornig M, Street C, Palacios G, Hutchison SK, Franca M, Egholm M, Briese T, Lipkin WI: Novel borna virus in psittacine birds with proventricular dilatation disease. Emerg Infect Dis 14: 1883-1886, 2008
3) M Horie et.al., Detection of Avian bornavirus 5 RNA in Eclectus roratus with feather picking disorder., Microbiol Immunol. 56(5):346-9., May 2012
4) 朝長啓造, ボルナウイルス, ウイルス 第62巻 第2号, pp.209-218, 2012
5) Susan Payne et.al., Detection and Characterization of a Distinct Bornavirus Lineage from Healthy Canada Geese (Branta canadensis), JOURNAL OF VIROLOGY, p.12053–12056, Nov. 2011
6) Hoppes SM et.al., Avian bornavirus and proventricular dilatation disease: diagnostics, pathology, prevalence, and control., Vet Clin North Am Exot Anim Pract. 16(2):339-55., May 2013
7) Tom Dutton, Neil Forbes, Common medical conditions in pet psittacines, Vet Practice Today, Summer 2014
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ま、いいじゃないか(^^;

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