手根中手骨の骨折

 成書にある手根中手骨の骨折とは、主に野鳥で遭遇するタイプの骨折であり、“難しい骨折”、つまり治療成績の良くない骨折の一つであるとされています(1)。

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(図1.ノスリの手根中手骨の骨折。野鳥におけるこの部位の骨折は、建物への衝突などの強力なエネルギーが加わった結果による事が多いので、骨のみならず周辺の組織が強い損傷を受けている事が多い。“強い損傷”とはすなわち、開放骨折(複雑骨折)の事である。症例は、大中手骨の粉砕骨折(骨折部が複雑に粉砕した骨折のこと。いわゆる複雑骨折は、骨折端が皮膚を突き破り空気に触れている骨折を言う)と、小中手骨の単純骨折に加え、手根関節の(おそらく)関節内骨折を起こしている)

 
 図1にある様な、典型的な手根中手骨の骨折に遭遇する事は、飼育されている猛禽類では稀な事です。飼育下のトリ達の骨折は、より低位な、弱いエネルギーによって起きているはずなので、骨折部分の周囲の組織の被害が少なく、状態は保存的で、トリ達は少し翼を下げているのが観察されますが、外観に異常は認められないかもしれません。鳥種を問わず、その治療成績は、全体に“悪くない”モノである事が普通です

 野生の猛禽類が、風速10メートルを越す強い風が吹いた翌日になって、人工の構造物に衝突したと考えられる負傷によって保護収容された時に見つかる骨折が、手根中手骨の骨折だったという発生状況に比べて、飼い鳥で見つかるこの部位の骨折は、もっと穏やかな理由によります。
 すなわち、ⅰ)自宅で繋留しているトリ達が興奮して、地面や周囲の構造物に翼を繰り返しぶつけている内に“折れていた”、ⅱ)飛翔を行わせている最中に、勝手に“折れた”という様に、おそらく、一度や二度その様な事があったからといっても、骨が折れるとは限らない行為の繰り返しによって“いつの間にか折れていた”という骨折が、飼育猛禽類で見つかる手根中手骨の骨折です。

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(図2.ハリスホークで見つかった手根中手骨の骨折。これらの骨折は、図1の骨折よりも低レベルのエネルギーによって生じた骨折であり、骨折部以外の周辺組織がより豊富に生存している。この場合、周辺に存在する筋肉や腱は外副子と同様に機能し、骨の癒合を助ける。さらに、小中手骨が骨折していない症例は、この骨が内部で支持を行うので、良好な予後が期待される。来院時、このトリ達の骨折は既に骨折後1週間が経過しており、仮骨の形成が始まっていた。一部の患者については、飼い主に気付かれる事なく自然に治癒しているケースがあると考えられる)

 手根中手骨の骨折が発生しやすいトリ達には、傾向が存在するかもしれません。

興奮しやすいトリ達(https://youtu.be/taE1RgdD4zkの動画も参照のこと)。
 飼い主を見ると、あるいは隣接するトリが騒ぎ出すと、激しく執拗な興奮が、頻繁に起きるトリ達がおります。
1~2年目の若いトリ達(図3)。
 特に1年目のトリ達は、長い風切り羽根を持っているので、それらが付着している手根中手骨には負担がかかる事があります。
総合ビタミンのサプリメントの供与。
 本来、若い鳥達の骨には“しなり”があるはずですが、早すぎる骨化によってその性質が失われた為に、骨折しやすい骨になるのではないかと言われる事があります(わたらい私信)

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(図3.同一個体の1年目(左)と2年目の羽毛(右)である。1年目のトリ達は、飛翔性能の不足を補う為に、より長い風切り羽根や尾羽が必要であると言われている)

 飼育されている猛禽類で見つかるこの部位の骨折は、ほとんどの場合、何ら外固定を必要とせず、安静のみを守らせる事によって治癒が可能です。これは、周辺にある筋肉や腱の組織が外副子と同等の役割を果たして骨同士を固定してしまうからなのですが、安静が守れずに激しく羽ばたくトリでは不安定に成るので、何らかの固定処置を行う場合もあります。

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(図4.ハリスホークの中手骨骨折。骨折端より遠位の組織にかけて水分含量が増えている。この様な腫脹(炎症や浮腫)のある組織は、短期間で改善されないと、壊死脱落してしまう事がある)

 鳥類の骨折の治療で忘れてはならないのは、骨折周囲の組織の血流の保持です。
 どれほど解剖学的に美しい固定が為す事が出来たとしても、特に鳥類の翼の血流は決して豊富とは言えないので、そのルートが消滅してしまえば、骨を修復する為の素材は運び込まれず、患部の周辺から発生した炎症物や老廃物が蓄積し、いずれその組織は壊死脱落してしまいます(図4,図5,図6)。

 血流の保持は、固定によって達成されるという考えもありますが、手根中手骨の骨折の場合は、内服によって保たれる性質のものであるはずです。

骨折端壊死脱落
(図5.上腕骨に骨折のあったゴイサギである。このトリの翼は、骨が癒合する事無く壊死脱落した。鳥類の翼はあまり血管が発達していないので、明らかな裂傷が存在しない開放骨折ではない症例であったとしても、痣(あざ)や浮腫が重度の場合、血管の損傷や周辺組織の虚血性壊死、あるいは続発する重度の浮腫により、組織の細胞が死滅してしまう事がある。骨折が治癒するためには、骨折の直後に生じた組織の傷害だけでなく、その後に続発する軟部組織の浮腫や炎症の管理が重要になる)


翼端の脱落症例
(図6.レントゲン撮影を行わなければ、Wing Tip(翼端浮腫)により翼端が失われたトリ達と、手根中手骨の骨折によって骨折部位より遠位の組織が失われたトリ達と、外観からは区別が出来ない)

特記事項
類症鑑別には、Wing Tip(翼端浮腫)が含まれます。
翼を下げているトリを見つけたら、動物病院を受診してレントゲン撮影を行うべきです。
“安静”とは、トリが羽ばたかない状態を言います。おそらく、興奮状態で拳の上のトリが十数回羽ばたいただけでも、決定的な状態に成るかもしれません。
安静期間中の内服は必須です
トリ達を飛ばす時は、そのトリが適正な範囲内の運動のみを行う様に、注意します。興奮しやすいトリ達は、異常な飛翔距離を“翼が折れるまで”飛ぼうとする事があります。
大人しい挙動のとれるトリ達を得る事は、全ての猛禽類飼育者達に共通する目標です(“丸い鷹”)。

参考文献
1) エイビアン・メディスン, p143-p153, インターズー, 2003
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Author:わたらい先生
ま、いいじゃないか(^^;

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