Wing Tip(翼端浮腫)

 この疾病は、正式な名称を“Wing tip oedema and dry gangrene syndrome(翼の先端(翼端)に生じる浮腫と乾性壊疽の症候群)”と言います。おそらく同一の英名の邦訳と考えられる呼称には、“翼先端の浮腫および乾壊痕症候群(1)”、“浮腫および乾性壊疽症候群(2)”があります。“dry gangrene(乾性壊疽)”という表現は近頃では使わないので、最近の文献では“Wingtip oedema and necrosis syndrome(WTONS)(翼端に生じる浮腫と壊死の症候群)”という病名が使われています(3)。
 いずれにせよ、こういった長い病名は使い難いので、一般的な呼称としては“Wing tip oedema(翼端浮腫)”が、よく用いられている様です(4)。ただし、日本人には“oedema(浮腫)”という英語自体馴染みが無く、何を言われているのか分からなくて普通なので、当院ではこれを更に短くして“Wing Tip(翼端浮腫)”と呼んでいます。読みは“ウイングチップ”、“よくたんふしゅ”です。本邦の猛禽類飼育者の中には、この疾病を“手羽腐れ”、“手羽落ち”と呼ぶ人達がいます。

翼端浮腫の初期病変
(図1.翼端浮腫の初期病変(*)。特徴的な腫脹と水疱の形成が認められる。この腫脹は、指を押しつけるとその形のくぼみが数分残ることから“圧痕浮腫”と呼ばれる)

 
 この疾病を紹介している文献の中でよく用いられているのは、1991年に英国人獣医師らによって行われた報告です(5)。当時は、まだハリスホークの飼育羽数が少なかったらしく、その報告の内容は主にハヤブサ類のWing Tip(翼端浮腫)についてでした。

 本症の発生があるハヤブサ類とは、ラナーハヤブサ、ラガーハヤブサ、ハヤブサ(およびこれらのハイブリッド)、チョウゲンボウなどであり、英国よりも暖かい地域が原産であるどの様なトリ達であっても発生する可能性があるとされています(4)。おそらく、セイカーハヤブサもこれらのグループに加えられるべき鳥種であると考えられます。

 現在では、少なくとも本邦では、この疾病はハリスホークで見つかる疾病であり、ハヤブサ類で見つかる事は稀です(過去に2例だけ経験があります。ハリスホークについては、数を思い出すことが出来ません)。おそらく、上記のハヤブサ類は、飼育されている羽数が少ないのだと考えられます。

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(図2.そろそろ脱落が起きる頃の翼端(*)。壊死した翼端の組織は、初期の病変の出現から5~6週間後に脱落する(4))

 この疾病は、初期の病変を見つけたら即座に来院し、治療を開始するべき疾病です。残念な事に、この疾病の初期の病変は飼い主には発見され難いらしく、実施出来る治療が限られた状態に成ってからの来院がほとんどです。もしも、通常の対症療法に加えて、薬物療法を迅速に適用する事が出来た場合、本疾病の回復率は90%にまで引き上がります。この“迅速”とは、乾性壊疽が始まる前に異常のある部位の血流を改善するという意味です。

 この疾病の経過は、以下の様になっております(4)。上述の初期の病変とは、翼端に水疱が見つかる様に成った頃の事を言います。

 患者は、はじめ翼を下げていたり、体幹から翼を離している状態で、見つかるかもしれません。翼端(初列風切り羽根が付いている辺り)は、腫れて膨れあがり(水疱の発見)、冷感を伴い、かつ、しばしば飛行性能が損なわれます。翼の腫脹が広がるほど、状況は悪化していき、治療の効果は無くなっていきます(図1)。
 経過は定型的であり、初期の腫脹は一週間程度続き、徐々に、おそらく3~4週間かかって縮小します。ほとんどの場合、翼端の色調は、白い色からベールブラウン(薄茶色)、暗褐色、その後、黒色へと遷移します(図2)。この黒くなった部位は、血液供給を失っており、乾性壊疽へと移行します。この時、影響を受ける翼端の初列風切り羽根の枚数は、平均すると3枚です(平均3枚程度の風切り羽根が無くなってしまうという意味)。この羽根は再生せず、そのトリは、正常な飛行を行う事が出来なくなります。
 一部のトリでは風切り羽根が生えてくる事がありますが、おそらく皮膚が脱落する際に、翼の遠位にある主要な風切り羽根の羽乳頭のある皮膚領域が一緒に脱落してしまっているはずなので、こうした症例では、風切り羽根が生えてきたとしても、翼本体への接合がゆるいのでいつの間にか脱落してしまう様に成ります。

 Wing Tip(翼端浮腫)の初期の病変は見つかり難い事があるので、病勢が進行していたり、初期の病変が気付かれる事なく翼端が脱落したトリ達が、飼育者によって持ち込まれる事があります(図3)。

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(図3.初発がいつだったかも分からない、翼端が完全に乾燥し付着しているだけの状態のハリスホークが来院する事が、よくある)

 本症の発生条件は、英国での報告を参考にすると次の様になっております(4)。

 冬季、10月から4月にかけて、寒いか結氷の認められる時期に生じる疾病です。本疾病は、一般に1年目のトリ達に認められます。そのようなトリ達は訓練途上にあり、したがって、比較的低体重に維持され、潜在的に翼への血液供給がよくありません。種類によっては、1年目のトリ達の羽毛は、成鳥の羽毛より軟らかく、断熱性と保温性に劣ります。したがって、これらの若いトリ達は低温状態に、より弱いかもしれません。
 典型的なWing Tip(翼端浮腫)の患者は、フライングウェイト(飛行体重)に維持されており、夜間および寒い日に地面から45センチ以下の高さに繋留されている状態で発生しております。

翼端浮腫
(図4.初期の病変が見つかった際にレントゲンを撮影すると、液体の貯留している場所を明らかに出来る。丸で囲った部分がよく脱落する。この場所にびらん性病変が確認出来るとしたら、予後は厳しいかもしれない(3)。初めは脱落していない羽根であったとしても、時間の経過と共に脱落していく事はよくある)

 英国でのWing Tip(翼端浮腫)の発生は、降霜に関連していると言われておりますが(4)、本邦での発生はこの限りではありません。

 Wing Tip(翼端浮腫)の正確な発生機序は明らかにされておりませんが、冬季の寒冷に関連して発生する事から、凍傷と同一視する人々がおります。
 凍傷とは、体の一部が凍ってしまう寒冷傷害なので、周辺が0℃以下の環境になる必要があります(実際には-4℃以下である必要があるとされる)。ところが、本邦でのWing Tip(翼端浮腫)の発生を見る限り、その発生は寒い季節に限定しているものの、霜が降りない暖冬の年にむしろ発生が多発するなど、異なる条件で起きているトラブルなのは明らかです。

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(図5.“翼角の擦過傷”。Wing Tip(翼端浮腫)は、打撲等によって出来る翼端の腫脹(翼角の擦過傷)や豆状の水疱/膿疱(滑液嚢炎)と混同されていた(1))

 凍傷と混同されやすい疾病に、“しもやけ(凍瘡)”があります。両者は、発生機序の異なる冬季に起きるトラブルです。

 “しもやけは、1日の気温差が10度以上になると起こりやすく、晩秋から冬の初め、冬の終わりから春先にかけてなど、寒暖差の大きい季節に多くみられます。また、水仕事の後などに、皮膚をぬれたままの状態にしておくと、水分が蒸発する際に急激に皮膚の温度が下がるため、しもやけになりやすくなります。しもやけは、寒い地域だけでなく温暖な九州地方においても発症するケースが多いので、厳寒地でのみ発生するトラブルではありません。(第一三共ヘルスケア くすりと健康の情報局より。『しもやけ』)”

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(図6.軽症例。翼端の一部の羽毛に異常が認められる様に成ってから約3週間後に、来院したハリスホーク。この羽毛の異常は、浮腫のあった翼端が乾燥した痕跡である。一見したところ正常に見えなくもないが、このトリは既に飛翔を完遂する事が出来なくなってしまっている)

 Wing Tip(翼端浮腫)は、発生の状況や治療への反応の様子から、一部の猛禽類における翼端周囲での循環障害と考えるのが妥当なので、その発生の背景は“しもやけ”とよく似た疾病であると捉えた方が、より理解しやすくなります。

“寒冷にさらされた直後には静脈と動脈が収縮していますが、そのあとに動脈は静脈よりも早く拡張します。そのため、動脈は拡張しているのに静脈は収縮している状態が起こり、組織内に滲出液しんしゅつえきや炎症起因物質がもれて炎症や浮腫ふしゅ(むくみ)が起こると考えられています。(Yahoo!ヘルスケアより。『凍瘡』)”

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(図7.第5療日。この翼の組織には、壊死せずに生存している細胞が多く存在していた。投薬により局所の血流を刺激すると、生存している羽包から羽毛の脱落が始まった。これは、正常な換羽である。羽軸根の異常な汚れや破損は、この部位にかつて存在した浮腫や炎症の名残である)

 Wing Tip(翼端浮腫)には、趾部(足の指)に虚血性壊死領域の併発が確認される場合があります(1)。

 しもやけが発生するのと同じ時期に、日本人がよく目にする手足のトラブルに“あかぎれ”があります。ヒトの場合、あかぎれは冬季に皮脂や汗の分泌が減少により起きやすくなり、さらに乾燥がこの状態を悪化させる、水分不足が原因の皮膚病です。
 しもやけの発生条件には、皮膚表面の水分が蒸発する際に急激に皮膚の温度が下がる場合(に発生する)というのがあるので、翼端に異常の見つかるトリが同時に趾部に異常が見つかったとしても、整合性の取れた状況であると言えます。

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(図8.左;第19療日。右;第26療日。新しい羽毛が伸長し、経過は順調である)

 ハリスホークには、冬季になるとよく趾部に乾燥した壊死組織が目立つ様に成る個体が現れます(図9)。こうしたトリ達は、餌を採る時などに出来た小さな傷が次第に乾燥し壊死領域を広げていく内に、深部の腱を損傷してしまい、不可逆的な握力の障害や趾端の壊死を発生させてしまう事があります(図10)。
 この問題は、おそらく冬季でも比較的湿度が保たれている積雪のある地域では発生し難く、よく風の吹いている乾燥しやすい地域で遭遇しやすい問題です。しかし、実際の遭遇頻度は、観察しやすい部位でもあるので、翼に発生するWing Tip(翼端浮腫)よりも圧倒的に多いはずです。

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(図9.ハリスホークの趾部に見つかる壊死。冬季に、初めはごく小さな傷から始まり、治療をしないでいると趾端を失うか後遺症が残る障害にまで発展する)

 本来のテキスト群では、あくまでWing Tip(翼端浮腫)は翼で発生する問題として取り扱われ、趾部の異常は別に扱うという事しかされておらず、両者に共通した発生条件がある事については述べられていません。
 しかし、Wing Tip(翼端浮腫)を“本邦のハリスホーク達の翼端と足の指によく見つかる、しもやけとあかぎれのような病気”と理解してしまえば、冬季に、ハリスホーク達の翼と足に注意を払う事に、違和感を覚える事は無いはずです。

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(図10.左;冬季に発生した小さな傷は、大きなトラブルになる事がある。右;ウズラやひよこを与えているトリ達には、いつの間にか腱にまで到達する炎症が進行している事がある)

特記事項
冬季のハリスホークは、夜間~早朝にかけて、15度以上の場所に居る様にするとWing Tip(翼端浮腫)の予防になります。
前年の羽毛が残らない様に、暖かい時期に換羽を完了させます。冬季の保温性が、まるで異なるかもしれません。
水浴びをさせたトリ達は、いつまでも体が濡れたままに成らない様に注意します(特に夜間~早朝にかけて、トリの体が濡れたままに成らない様に注意します)
翼端の血流を維持する為に、運動が奨励されます。日照のある時間帯に、風の無い場所で、フリーフライトをさせる様にします(暖かい場所で体を動かした方が、よく血液が巡るはずです)
トリ達の足の指に異常がある時は、翼も確認してください。このチェックは毎日行うべきです

参考文献
1) 猛禽類,ハト,水鳥マニュアル, p180-p181, 学窓社, 2003
2) エイビアン・メディスン, p125, インターズー, 2003
3) Raptors, Pigeons and Passerine Birds, p276-p277, BSAVA, 2008
4) N A Forbes, Wing tip oedema, http://www.gwexotics.com/
5) Forbes N A, Harcourt-Brown N H, Wing tip oedema and dry gangrene of raptors, The Veterinary Record 128(24): 576, 1991

注記
その1;参考文献の(5)は、有名な文献であったらしくよく引用が見つかるのですが、原著を見つける事が出来ないので、著者の一人が自身のサイトで公開している概説(4)を元にして、本稿は作製されています。
その2;本稿中に(*)の印がある写真は、全て『超初心者の鷹飼育日記』(http://kazetaka.blog.jp/)より抽出した、本邦では非常に珍しいWing Tip(翼端浮腫)の経過を記録した写真です。Wing Tip(翼端浮腫)は、その時にしか観察出来ない初期の頃の外観の変化から診断するしか術(すべ)の無い疾病なので、その時の経過に関する記録を飼い主が保存して持参してくれると、とても助かります。飼い主様におかれましては、この記録の提出が、10年以上診断名を付けかねていた“翼端の脱落”症例の理解を一気に深め、おそらく本邦の猛禽類の医学の発展に寄与する功績になった事を、ここに改めて報告すると共に厚く御礼申し上げます。
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ま、いいじゃないか(^^;

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