呼吸器の問題

 臨床上、アスペルギルス症と吸入による中毒を除いてしまうと、呼吸器の問題との遭遇頻度はあまり多くはありません。

 呼吸器の問題の中でも、特に呼吸器系の“伝染病”を実際に経験した事のある猛禽類の飼育者は非常に珍しく、専門書で紹介されている数多の(あまたの)伝染病は、本邦では繁殖施設やショップならば遭遇した事があるかもしれない程度の、非常に稀な疾患群です。

呼吸困難
(図1.この小型フクロウは、入荷直後から呼吸器症状を呈する様に成り、販売される事なく落鳥した。鼻汁は、むしろ後鼻孔(口腔内)から大量に流れ出しているので、口が塞がれ、患者は開口呼吸を行っている。周辺の羽毛の分泌物による汚れにも注目)

 

 最もよく出遭う呼吸器症状の患者とは、既にある基礎疾患の結果として、開口呼吸、呼吸促迫、鳴き声の変化などを示すトリ達です。
 通常、この様な患者達には速やかに酸素化を行った後、安定化を待って検査と処置を行います。見つかる可能性のある原因には、貧血や体内の占拠性病変、腫瘍、腹水などが挙げられます。


開口呼吸酸素療法腹水
(図2.開口呼吸を行うシロフクロウ。酸素化の後、腹水を吸引除去すると、この呼吸器症状は消失した。気嚢が再び拡張し、呼吸が出来る様に成った為である)

 事故による外傷の結果、呼吸器系の症状を呈する様に成るトリ達もおります。やはり、開口呼吸、呼吸促迫、鳴き声の変化などが観察されます。こういうトリ達は、搬入される野鳥が最多ですが、実猟に使用するオオタカなどでは、訓練中や実猟時に建物などに衝突し、同種の異常を呈する様に成るトリ達がおります。

後鼻腔からの出血
(図3.このハイタカは、外傷による後鼻腔からの出血により、口腔内が血液で満たされていた。https://www.youtube.com/embed/bI1nzg5jlDQにある、オオタカの事故後の鳴き声の変化も参照のこと)

 “伝染病”のカテゴリーでないなら、呼吸器系の感染症には出会う事があります。常在している細菌類などによって起きる(おそらく)日和見的な鼻炎や副鼻腔炎で、当院では昔から“Raptor flu(猛禽類の風邪)”などと呼んでいました。

 普段暖かい場所で過ごしている猛禽類に、遠征などにより数日間恒常的な低温と輸送箱の中などのホコリが充満しやすい環境を提供し続けた後に起きる事があり、梅雨時や、屋内でのみ飼育されている猛禽類でよく遭遇します。種類はハリスホークが最も多く、ハヤブサ類やオオタカ、フクロウ類でも遭遇しております。

 患者は、突然くしゃみをする様に成り、食欲が廃絶します。排泄の様子も激変し、緑色をした水分の多い下痢状の便が少しだけ排泄される様に成ります。飛翔性能も極端に低下し、すぐに地面に下りたりする様になるので、飼い主もすぐに異常に気付くはずです。この時、よく見るとトリが鼻汁により鼻孔が塞がり、開口呼吸をしているのが観察されるかもしれません。
 通常、早期に治療を開始すると2~3週間で全快しますが、ぶり返しやすい状態が持続するトリ達も現れます。初めの1週間程度は、傾眠傾向も顕著な“重病人”である事から、インフルエンザの俗称でもある“flu”を用いていました。

正常鼻汁1鼻汁2
(図4.左;正常な鼻孔。中央と右;鼻孔から目に向かって、分泌物が白く乾いている様子が観察される)

 “Raptor flu”は当院で使用している便宜上の名称に過ぎませんが、慢性化した鼻炎症状のある患者達の中には、使役の性能の良くない、突然死を起こす個体が現れる様に成るので、やはり初期の内の根治出来そうな時期に、適切な治療を行う事の出来る動物病院を受診する事をお勧め致します。

鼻出血
(図5.死亡したハリスホークには、鼻出血の痕跡があった。慢性的に鼻炎症状が継続していた証拠である)

 鼻炎症状の軽減あるいは予防には、保湿の状況と大気中のチリの量などが影響する様なので、噴霧療法を行う事があります。

噴霧療法
(図6.噴霧療法。投薬というよりは、気道の保湿や環境の浄化を目的に行う事が多い)


特記事項
ハヤブサ類はニューカッスル病に感受性のある鳥種であり、タカ類は抵抗性です。ニューカッスル病の生ワクチンで処置したひよこを与えられたハヤブサが、ニューカッスル病を発症した報告があるので(1)、ハヤブサの仲間には、その様な飼料を与えるのは控えるべきです。実績のある供給元以外からひよこを購入する時は、こういう点についても注意します。ニューカッスル病に感受性のあるハヤブサの仲間というのは9種以上あるらしいのですが、これには世間で流通している種の全てが含まれるはずです。
(他の鳥種ではそうでもないのですが)猛禽類から分離されたマイコプラズマ種の中で、呼吸器疾患に関与する種は知られていません(2)。本邦でも、検査を行うと保菌が確認される事の多い微生物ですが、事実上無害な微生物です。ただし、猛禽類の孵化率に影響を与える可能性があるので、繁殖施設においては重視されなければなりません。
いわゆる高病原性鳥インフルエンザ(H5N1型)は、ハヤブサに対して強い病原性を発揮する事が、実験感染で分かっています(3)。

参考文献
1) Raptors, Pigeons and Passerine Birds, p214, BSAVA, 2008
2) Raptors, Pigeons and Passerine Birds, p221, BSAVA, 2008
3) Raptors, Pigeons and Passerine Birds, p213, BSAVA, 2008