酸敗嗉嚢(Sour Crop)

 試しに、生きたハトを与えてみる。
 反射的に飛び付いたものの、興奮するでなく、食べようともしない。目の前で羽毛をむしって肉を露出させても・・・駄目。体調が悪いんですね?

 考えられる理由はいくらでもあるけれど、ここで話をするのは酸敗嗉嚢(そのう)というトラブルについてです。

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(図1.“最後の手段”で生き餌を与えてみたものの、全く食べようとしないオオタカ。一見正常の様に見えても、確認作業を怠ると、そのトリを手遅れにしてしまう事がある)

 
 酸敗嗉嚢(そのう)というのは、英語の“sour crop ”の邦訳です。他の訳語にする事も出来ますが、過去の出版物でこの訳語が使われているので使用しています(1,2,3)。

 そもそもの“sour”の由来は、インコ・オウム類において(あるいはニワトリなどで)嗉嚢(そのう)の内容物の停滞が起きた際に、おそらく炭水化物が原因となって過剰な乳酸の産生が起こり、PHが低下する(通常は、PH4.5くらいまで変化する)のが由来です。嗉嚢(そのう)内には炎症や潰瘍が認められる様になり、PHの変化によって生じる下痢と嘔吐による栄養不良や脱水によってトリ達は死に至ります(1)。

 上述の記載は、穀物を食べているトリ達で見つかるのですが、猛禽類は肉食のトリ達なので、名称こそ同じ“酸敗嗉嚢(sour crop)”が用いられていますが、異なる内容が記載されています。猛禽類の酸敗嗉嚢(そのう)は、嗉嚢(そのう)内に停滞した肉類の腐敗によって、細菌類の放出した毒素による敗血症が起きるので、トリ達が死亡する疾病です。PHに関する記載は特に認められませんが、口腔内や嗉嚢(そのう)内のぬぐい液等からは強い腐敗臭のするサンプルが得られるので、容易に診断が可能です。

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(図2.飼料の筋線維が残ったままの嗉嚢(そのう)内容物と細菌類の増殖。この部位では消化も摩砕も、一切が行われない)

 フクロウ類以外の全ての猛禽類には、嗉嚢(そのう)が存在します。俗に“full crop”という言い方がされますが、“お腹いっぱい”の代わりに、“嗉嚢(そのう)がいっぱいに成る”といいます。

 ヒトがそうである様に、胃の小さいヒトもいればそうでないヒトも居ます。つまり、“どのくらい入る”のかは個人差があるのですが、許容量以上を入れてしまうと、そのヒトは、胃の内容物を吐き出すのか、病院に連れて行かれて・・・もしかしたら開腹手術によって中身を取り出してもらう事態が起きるかもしれません。
 猛禽にとっての“限界”、あるいは“許容量”って、どれくらいでしょうか?
 その目安を、嗉嚢(そのう)で量るのは危険です。

 嗉嚢(そのう)というのは、どの鳥種であっても、その役割は一時的に食物を蓄えておくための“袋”です。この場所では、一切の消化酵素の分泌は行われず、強力な破砕や蠕動運動という事も行われていない、いわば“スーパーの買い物袋”が嗉嚢(そのう)です(4)。
 この袋には、比較的大量の食物を入れておく事が出来るのですが、その下流、胃や腸については、その限りではありません。すぐにいっぱいに成ってしまうので、少しずつの肉片しか処理していく事が出来ません。つまり、いっぱいに成った嗉嚢(そのう)の内容物は、長い時間をかけなければ処理を終える事が出来ません。

 嗉嚢(そのう)内はトリ同じ温度環境にあり、その温度は40~41℃程度です。この部位は消化管を構成する一部なので、少なからぬ細菌が存在します。
 猛禽類の飼料といえば普通は肉類になるので、それはスポーツドリンクやラーメンのスープの様に、速やかに下流に流れて行って、そのまま吸収が始まる様な食べ物ではありません。その分解と吸収は、嗉嚢(そのう)ではなく胃腸によって行われ、どうかすると24時間が経過してもまだ栄養の吸収が行われている事があるほどの時間を要する、消化に時間のかかる食物です。
 おおよそで6時間以上、嗉嚢(そのう)内や胃内に存在した肉類は腐敗を始め、細菌類の放出する毒素の吸収が始まった結果、トリ達は毒血症(敗血症)に陥ります。これが、酸敗嗉嚢(そのう)と言われる状態であり、死亡率の高い事故です。

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(図3.嗉嚢(そのう)内への液体の注入はチューブにより行う)

 処置については省略し、予防法のみ述べます。

 嗉嚢(そのう)内を食物が通過するまでにかかって良い時間は、理想を言えば3時間以内、遅くとも6時間で移動し終わる量が、嗉嚢(そのう)内にあってよい餌量の上限です。それ以上かかる餌量を一気に与えると、事故が発生する事があります。

 すっかり死後硬直の終わった冷凍飼料を解凍して与える場合と、新鮮な生き餌を食べさせた場合では、結果が異なります。筋線維がまだまだ丈夫で死後硬直が発生する生き餌を食べさせた場合、その通過には相当の時間がかかる場合があるので、“調教のためにたっぷり与えた”結果、嗉嚢(そのう)内容は停滞し、あるいは胃内で異物と同じ状態で閉塞を来たし、トリ達を死に追いやります。経験上多かったのはキジですが、それはハトであってもなんであっても構いません。
 つまり、生き餌を与える時は、頭部や心臓といった比較的量の少ないパーツを報酬として与えるにとどめ、速やかに口餌と取り替えます(“据え上げ”)。異常な量が嗉嚢(そのう)内に納まってしまわない様に、注意しなければなりません。
 せいぜい、6時間嗉嚢(そのう)内を移動し切る量以上を、食べさせてはいけないという事です。こうした調教には、他にも事故を起こす条件が付随しているので、避けては通れない過程ですが、気をつけて行わなければなりません。
 こうしたトラブルは、特に調教のために痩せさせている1年目の若い鷹、それも雌のトリ達に多発する傾向があります。

 6時間を経過して、まだ嗉嚢(そのう)内にナニカ残っているのが分かる場合や、既に具合が悪い場合は、速やかに動物病院を受診する事をお勧め致します。鳥種にもよりますが、前日の体重よりも50g以上体重が増す様な給餌量は多すぎるはずです。

特記事項
特に酸敗嗉嚢(そのう)が発生し易いのは、以下の3点です。飼い主の方は注意しましょう(5)。
“飢えたトリ”に、狩りの報酬として大量の食餌を摂らせる場合。
新しい獲物を教えるために、報酬として大量の食餌を摂らせる場合。
飼い主がトリの体重を増やす目的で、大量の食餌を摂らせる場合。

参考文献
1) オウムインコ類マニュアル, p181, 学窓社, 1999
2) 猛禽類,ハト,水鳥マニュアル, p194, 学窓社, 2003
3) 鳥類の内科および外科臨床, p407, LLLセミナー, 1997
4) Marie Kubiak, N A Forbes, Common disease in birds of prey -part1, http://www.gwexotics.com/
5) Raptors, Pigeons and Passerine Birds, p266, BSAVA, 2008
プロフィール

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ま、いいじゃないか(^^;

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