用語解説  ペクテン(pecten)

 ペクテンは、“pecten oculi”とも表記される、眼底検査の際に鳥類の網膜に見つかる構造です。
Owlretina
(Wikipediaより フクロウの眼底。中心窩とペクテンが示されている)

 ペクテンには鳥類独自の眼球構造なので、一般の臨床家にとって馴染みがなく、一方で多数の訳語が存在するため、鳥類眼科学分野の各文献において、混乱の原因となる用語です。
 以下にある訳語は、辞書を見るとそう書いてあるので間違いという事はないのですが、公の場でこの部位について語る際に用いられている形跡がなく、コンセンサスが得られていない用語です。

pecten
櫛状突起(1,7)、櫛膜(2,6,8)、櫛状体(9,10)
(櫛の読みは“くし”です)
pecten oculi
網膜櫛(3,4,11,12)、眼球櫛(5,13)
(眼球櫛の読みは“しつ”です)

 おそらく一番新しい解剖学書の中では、この部位の名称は眼球櫛となっております(5)。
 そもそもの“pecten”とは、生物学の用語で“櫛状構造”を指しています。実物を見ると、この構造は日本人には“ブラシ(歯ブラシ)状”に見えます。
20080211ハシビロガモ雄
(ハシビロガモのクチバシに認められる“pecten”)

 色々な生物種に“pecten”と呼ばれる構造が見つかるのですが、これが眼(oculi)の中にもあるというのが“pecten oculi ”です。つまり、訳語の正確性という意味では、“眼球櫛”が最も正しい訳であった事が分かるのですが、実際目にするのは“網膜櫛”が最多になります。
 この用語(網膜櫛)は、解剖学者の視点と臨床眼科医の視点の相違とでも言うべき所から現れた用語で、眼底検査、すなわち網膜を直視すると見つかる構造物(pecten)に対して付けられた名称です。もちろん、原文にその様な表記はされていないので、日本人がそう解釈して作った言葉なのでしょう。
2014-11-22 L
(スピックスコノハズクの眼底写真。ペクテンは、板状にも膜状にも見えるが、実際は硝子体内に大きく突き出した立体構造である)

 実際のこの構造は、眼球内で網膜から硝子体内に大きく突き出しているのですが、眼底写真を撮影しても、その様に見えません。むしろ、鳥類に特有な血管の無い網膜に開いた“ほらあな”の様に見えます。“櫛膜”という名称は、おそらくこの所見から得られた訳語なのでしょう。もちろん、本当のこの部位はむしろ手前に突き出している構造なので、“櫛状突起”、“櫛状体”という訳も間違ってはいません。
 こうした多様な訳語は、知識がなければ逆に混乱の原因に成る事から、原文表記に立ち帰って“ペクテン(いずれかの日本語表記)”という記載が、よく行われており、結果として、特定の和名が定着しているとは言えないので、本邦で最も通用するのは“ペクテン”になるのではないかと考えられます。

弥七201206
(ネコの眼底写真。網膜に血管が走行している点に、注目。鳥類の目に比べてが明るく感じるのは、鳥類の目にはタペタムが無いからです)

 鳥類の網膜には、哺乳類の様に血管がありません。ペクテン(pecten oculi )は、その為の栄養供給を代替していと考えられている事から、“網膜血管”という訳がありますが、ペクテンの機能はそれだけではありません。
 手持ちの資料では、“網膜への栄養供給システム、角膜や水晶体の変形時に眼圧を下げてその湾曲を助ける機能、温度調整機能など、32編の機能に関する論文がある(14)”、“網膜の、栄養供給に関与し、眼内の酸塩基平衡を保つ役割を果たしており、眼内液を産生し、眼球が動いている間に硝子体液を機械的に撹拌し、眼球内の液体の流動を容易にする(15)”とあり、ペクテンは鳥類に特有な独自の機能を備えた眼内器官である事が分かります。

参考文献
1)猛禽類、ハト、水鳥マニュアル, 学窓社, 2003
2)鳥類の内科学と外科学, NEW LLL PUBLISHER, 2008
3)オウムインコ類マニュアル, 学窓社, 1999
4)家禽解剖カラーアトラス, 学窓社, 1998
5)カラーアトラス獣医解剖学[下], チクサン出版社, 2008
6)小動物の眼科学マニュアル, 学窓社, 1996
7)Michael G. Davidson, DVM, エキゾチックペットの眼科学, WAHAコンペンディウム No229
8)Martin P. C. Lawton, 第14章エキゾチック・アニマルの眼科学, 獣医臨床シリーズ, 学窓社←現在のシリーズではなく1997年頃にあった旧シリーズです。いつ頃のどの号か分からなくなってしまいました。
9)霍野晋吉, 小野啓, エキゾチックペットの眼科学 鳥の眼科疾患:鳥はみんなトリ目なの?の巻き, NJK, 2006
10)長堀正行, コンパニオンバードの臨床指針(2) 診療に反映させる鳥の解剖と生理, mVm, 9, 1994
11)杉田昭栄, 鳥類の視覚受容機構, バイオメカニズム学会誌, vol31, No.3, 2007
12)中川壯一, 上原正人, 鶏眼球のペクテン周囲細胞の形態学的研究, 鳥大農研報, 42 153-160, 1989
13)鳥類の内科および外科臨床, LLLセミナー, 1997
14) Rüdiger Korbel, Raptor Ophthalmology - Principles and Application - also Practical Lab, Veterinary Conference, Doha January 2014
15)A. Bayón, RM. Almela, J. Talavera, Avian ophthalmology, EJCAP - Vol. 17 - Issue 3 December 2007

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ま、いいじゃないか(^^;

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