用語解説 LipoTEST

 一見したところ、鳥類の脂質異常症の評価も、ヒト同様のF式の使用によって全てまかなう事が出来る印象がありますが、背景にある鳥類独自の生理学的な脂質代謝の理解が及んでいない為に、数値のみを評価しようとしても(ソレは“正常群”という事ではあるのだけれど)、正常と異常が“混ざって”しまっているのではないかという懸念が生まれます。
 LipoTESTは、こうした状態を“整理”するのに、非常に優れたツールです(分かり易いので波形パターンのみを示していますが、検査結果には各項目におけるコレステロールおよび中性脂肪の実測値も提供されます。中性脂肪の測定値に、生化学検査よりも高値が出る背景については、既に述べました)。おそらく、“基準範囲”として採用すべきデータは、全て“基本パターン”を示しているべきです。

“正常”(ウズラ)
 残念ながら、基準範囲(脂質異常症においては、正常値、正常範囲という言葉をあまり使わないで、基準値基準範囲という言葉が普通は用いられます)を求める為には、理想を言えば100件程度(n=100)のサンプルを用いて統計学的に処理を行う必要があり、最低でもその要件を満たすのは40検体(n=40)からです。
 鳥類では、それ程の数を集めることが難しいという事から、さらに少ない標本数(n=31)から基準範囲を設定したボウシインコ類の文献というのがあります(1)。ヒトや、イヌ、ネコがそうである様に、一つの“種”について(それ程の数の)サンプルを集める事は不可能であったので、“属”というくくりでサンプルを集めるにとどまっています。“ヒト”を例に挙げると、“属”というグループには、ヒトだけでなく、北京原人やネアンデルタール人のサンプルも一つにしてまとめたという事です。ニホンザルやチンパンジーは、含まれません。これは、イヌで言えば、オオカミやコヨーテ、ジャッカルのデータも使ったと言い換えても良いと思います。時間の経過と共に知見が増えていくという事はあるでしょうが、(短い期間内では)こういう情報のまとめ方が、おそらく鳥類での限界です。

 LipoTESTの検査を行うと、測定結果の右側に“参考波形・参考値”としてウズラの波形と数値が記載されて帰って来ますが、上記の理由から、種(あるいは属)ごとにまとまったデータが存在しない事から載せてある“参考”のデータです。イヌやネコの検査結果(同種の基準範囲が紹介されている)とは、この辺りの事情が異なります。
 “鳥類”というカテゴリーは、“哺乳類”と同等なので、食性の違いや消化方法の差異などから、シマウマとライオンのデータを比較する事はあっても、全て“ひとまとめ”にして基準範囲の設定に用いる事が出来る訳ではありません。参考値として提示されているのは“ウズラ”のデータであり、検査を依頼するのはインコ・オウム類(非常に多くの種が存在します)や猛禽類(タカ、ハヤブサ、フクロウ類)、もちろん、ウズラやニワトリ、アヒルやアイガモといったペットとして飼育される可能性のある鳥種ですので、数値的に“参考”以上の情報になりません。将来的には、出来るだけ細かな種ごとの“基準範囲”が整備されるべきですが、それには多くの知見の蓄積が(時間が)必要です。

正常”(ウズラ)

 上図は、当院で飼育している雄のウズラの検査結果です。“参考値”のウズラのとほぼ同一の波形が得られておりますが、やや波形に違いが認められ、実測値にも異なる点(中性脂肪値)が見つかります。おそらく、与えられていた飼料(ラウディブッシュ メンテナンス)による影響ではないかと考えられます。性別も異なるかもしれません。“基本パターン”と呼べる波形であっても、細かい点について、(その様に見ようと思えば?)違いを見つける事が出来ます。

スクリーンショット 2014-12-25 10.48.13

 雄のセキセイインコです(↑)。通常のケージで飼育し、ペレット(ラウディブッシュ メンテナンス)を与えています。
 哺乳類で通常そうするように、検査前絶食を行っていませんが、文献の報告にある通り(1)、カイロミクロン(CM)のピークが見つかりません。HDL-Cのピークは、ウズラに比べると高く出る様ですが、食餌による影響も考えられます。

オオタカ雄オオタカ雌(減体重)

 オオタカのLipoTESTの検査結果です(↑)。
 HDL-Cのピークが、参考値のウズラの場合と比較すると目立つのは、同じです。猟期に備えて餌量を減らしていくと、減量を行う前(左)に比べて、減量後(右)ではLDL-Cのピークが減弱しているのが分かります。

ベンガルワシミミズクシロフクロウ

 猛禽類の基本パターンが高いHDL-Cのピークによって表されるのは、ベンガルワシミミズク(左)やシロフクロウ(右)でも同様です(↑)。

スクリーンショット 2014-12-25 10.13.24

 今後の情報収集の方向性として、上図に示した様な疾病状態にある脂質プロファイルのLipoTESTの検査結果について、調べる必要があります。

基本パターン(ウズラ)疾病状態(予想図)

 推測ですが、左図にある様な基本パターンから、右図の様なLDL-Cのピーク()が出現する症例(例えば肥満鳥の様な?)が見つかる事が予想されます。

ウズラ(産卵中)疾病状態(予想図)

 産卵とは、生理的に正常な状態でありますが、普段とは異なる異常な状態であるとも言えます(左図)。この波形パターンが提示される個体のサンプルを、“正常”として基準範囲の母集団に混ぜていいのか、あるいは“異常波形”のひとつとして“症例”の方へ混ぜるべきなのか、現在のところ、正しい“区別”が世界中で行われているとは、言えません。
 この波形パターンが得られる時は、F式は利用出来ない事が多いですが、あくまで数値によるふるい分けが行われているだけなので、(基本パターン=正常群の症例データへの)“混入”もありえます。

 アテローム性動脈硬化症のトリの中には、同時に卵墜性腹膜炎の見つかったトリが相当数居たという報告があり、本症の発生要因として雌のインプリント鳥(持続的な発情)を挙げている海外の文献もあります(2,3)。そうしたトリ達からは、右図の様なLDL-Cのピーク()が出現する症例が見つかる事が、予想されます。カイロミクロンの出現については、鳥種によっては“ない”というケースも、あるかもしれません。
 同時に、こうした波形パターンはイヌの糖尿病などについて報告されており(7)、疾病によっては同種の動脈硬化症のリスクの高い(LDL-Cのピークの出現が観察される)症例が見つかるケースが予測されます。

ハリスホーク雄

 症例は、(野生動物の)咬傷による急性腎不全の観察された雄のハリスホークで、嘔吐が観察されています(↑)。
 そもそも、総コレステロール値(TC)が正常であるので、基本パターンが出現して当然なのですが、猟期中で体重を落としていた個体が数日間食餌を採っていない(吐き出す)ので、カイロミクロンの出現がごくわずかであり、代謝上の問題からか、HDL-Cのピークも、他の猛禽類に比べて低位です。今提示出来る、明らかな疾病状態にある患者の検査結果は、これだけですが、疾病の状況によっては、こういう“貧弱”な基本パターンが見つかる事もあるという事は、覚えておくと良いでしょう。

 現在のところ、分かっているのはこの程度ですが、今後、知見の蓄積によって、確度の高い動脈硬化症の為の“健康診断”が実施可能になっていくものと考えられます。

参考文献(←“わたらい訳”というのは、該当する英語文献が存在するのですが、注釈や修正、わたらいの独自の情報提供によって、原形とどめぬ“著作物”と化した文献群です。その文献だけ探してきても、肝心の情報について書かれていないかもしれません。以前に、勉強会用の資料として用意しました)

1) Michelle Ravich, et al; Lipid Panel Reference Intervals for Amazon Parrots (Amazona species), Journal of Avian Medicine and Surgery, 2014; 28(3):209-215.
2) わたらい訳, インコ・オウム類における心疾患。アテローム性動脈硬化症と性(最終稿ver1.1), 2014
(Neil A Forbes, Heart disease, atherosclerosis and sex in parrots, Parrots・www.parrotmag.com, February 2014)
3) わたらい訳, 猛禽類の集団における疾病管理とリハビリテーション 最終稿ver.2.9, 2014
(Neil A Forbes, ,DISEASE CONTROL AND REHABILITATION IN A COLLECTION OF RAPTORS, http://www.gwexotics.com/library/)
4) わたらい訳, インプリントとして育てられた猛禽類の健康上および行動上のリスクと利点(最終稿ver.1.3), 2014
(Neil A Forbes, Health and Behavior Risks and Benefits Associated with Rearing Imprint Raptors, http://www.gwexotics.com/library/)
5) わたらい訳, 飼育下の猛禽類の繁殖ver.1.2, 2014
(Neil A Forbes, CAPTIVE RAPTOR PROPAGATION, http://www.gwexotics.com/library/)
6) わたらい訳, インコ・オウム類のカルシウム代謝(最終稿ver.1.3), 2014
(PETRA ZSIVANOVITS et al, CALCIUM METABOLISM IN PSITTACINE BIRDS, http://www.gwexotics.com/library/)
7) わたらい, LipoTESTの鳥類診療への利用ver.4.4, 2014
 

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