用語解説 参考文献、引用文献、私信

 学術書、あるいは各論文の末尾には、必ず“参考文献”が記載されます。特に区別をしないで、“引用文献”と書かれている場合もあります。
 
 
 例えば、本文中に,“おじいさんが山に芝刈りに行くと、桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました1)”とあれば、巻末の“引用文献”には

1)わたらい, 桃太郎, vol10, p10-p11, どっかの出版社, 2014

 などと書かれます。書き方はずいぶん色々ありますが、どこの誰が書いた本(論文)で、どこのページに書いてあって、出版社や雑誌名、発表年などについて分かる様に記載します。その引用部分に不明な点があれば(この文章なら、その川の名前や桃の種類とか書いてないか知りたいと思ったら(実は、桃を持ち帰ったのが老婆だった事も分かる訳ですが?))、原著の当該箇所を見つけて調べるのに使おうとします。

 同じく、本文中に“桃太郎は鬼ヶ島で鬼を退治しました1)”とあれば、これは巻末に“参考文献”として記載します。

1)わたらい, 桃太郎, どっかの出版社, 2014

 この場合は、この程度でもオッケーですが、もっと詳しく書かなければならない事もあります。当然ですが、参考文献の記載から、本文中に出て来た記載内容(桃太郎が鬼退治を成し遂げたという“結論”)に辿り着く為には、本を1冊全部読まなければならないかもしれません。

 参考文献と引用文献を区別して使う場合、引用文献とした場合は、ほぼ同じ文章をそのまま持って来て使用します。参考文献では、特にどこという事はないけれど、全体に書かれている情報について使用しているという事を意味します。

 これらとは別に、私信(口頭伝達)と呼ばれるモノがあります。これは、末尾の文献リストに登場する事は無くて、“桃太郎の刀の銘は鬼切り○です(わたらい, 私信)”などという風に記載します。この情報は、正確である必要は無く、いまだ研究中で、今度発表する予定の論文の中身とか、口伝的な内容について触れている場合など、とにかく他に情報ソースが無い場合に使います。
 この“私信”については、やむを得ない場合を除いて論文にはあまり用いるべきではないとされています。ところが、猛禽類のテキスト中には、よくこういう表記が登場してまいります。文献として提出されている情報が限られていて、本をまとめようとすると、ソレを実施している“本人”に聞いて原稿をまとめるしか手段がなかった分野が、数多く存在した名残と言えます。

 これらとは別に、これは苦言ですが、本邦で日本人によって書かれた鳥類医学関係のテキストは、昔から数多く存在したのですが、本文中や巻末等にある参考文献(引用文献)の扱いが甘くて、元の情報ソースに辿り着く事が出来ない。疑問に感じるのだけれども、その情報の吟味に異様に長い時間が必要になる出版物が、数多く存在いたします。つまり、そうした文献群では、(読者が)よほど背景に詳しいという事が無ければ、著者の中から自発的に生じた考えなのか、参考文献を読んだ著者の解釈を聞かされているのか、元の文献にある情報のコピーペースト(引用)なのか、全く区別が出来ません(そしておそらく、誰かから聞いた話が“混ざって”いる)。著者の解釈上の間違いや、引用元のテキストの間違い(誤訳)など、問題の箇所に素早く辿り着く事が出来たのであれば、本当に速やかに間違いを修正出来るのですが、そういう事がとても難しい。
 何故、日本人のテキストは、随筆並みに読んでソレで終了にしてしまうしかない情報源としてしか、機能しないのでしょう(ーー;

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ま、いいじゃないか(^^;

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